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2006年8月16日 (水)

明治スタンダードと言文一致

いただいております。大変興味深いです。

野村剛史 (2006) 「明治スタンダードと言文一致―スタンダードを中心に―」『言語・情報・テクスト』Vol. 13, pp. 1-25, 東京大学大学院総合文化研究科・言語情報科学専攻

結びの部分を引用します。

 本稿は明治7年における南郷家の混乱から始めて、江戸後期から明治期にかけて、「通語」とも言える言語が現実に存在していたであろうことを指摘してきた。それを単なる「通語」ではなくスタンダードと称するのは、それが改まった場における規範言語として、人生の早い時期にせよ遅い時期にせよ、学び直さなければならない言語であったからである。明治以降の多くの人々にとってその学習見本は、小学校の国語教科書であったかも知れない。「標準語」がいかにも詰まらない言語でもあるのは、元来それが改まった場におけるパブリックな言語であったからであり、教科書も学校もまたそうなのだ。「通語」は地域的には江戸・東京の山の手に吹き溜まった。そこが全国教養層の掃き溜めでもあったからである。一方、明治7年の南郷家の混乱の如き事態は、決して有り得ない話ではない。その時点では多くの人が、方言、ないし方言と文語体だけの言語生活を送っていたからである。また、南郷清之輔に「全国共通話し言葉」の作成が命じられたとしても、決しておかしくはない。それが、当時意識というものなのである。
 それにしても何故、上田萬年などは明治も30年代の時代になって、標準語の確立の必要性をあれほど声高に叫ばなければならなかったのだろうか。「国家語」としての標準語は、社会の通語とは異なる。上田萬年は「国家語」としての標準語を意識していたのであろう。もう一つ、事柄はしばしば事後的にのみ判然とする。上田萬年の標準語は幸福の青い鳥のようなものであった。それは石ころのように、彼の足元に転がっていたに違いないのである。(p. 23)

引用文中の「南郷清之輔」とは、井上ひさしのシナリオ「國語元年」の登場人物です。

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