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2008年8月13日 (水)

20世紀初頭における「いる」と「おる」

加藤安彦 (2008.1.10) 「20世紀初頭における「いる」と「おる」―尾崎紅葉「硯友社の沿革」と第一期国定読本―」『専修国文』82:1-14

「6.まとめ」より

 今日の我々の感覚からすると、「おる」を用いた表現で、「私にはたくさんの親戚がおります。」という本動詞用法、「彼は今外出しております。」という補助動詞用法、ともに敬意表現として機能する側面もあるが、また、そのことの影響を抜きにして考えることは困難ではあるが、「いる」を用いた文章よりも形式ばっている、文章語的である、という印象を受ける。また、「すでににそのことは知っておったわけですが」という文は、「すでににそのことを知っとったわけですが」という縮約形を用いた文にすることもでき、それは「すでにそのことは知っていたわけですが」や「すでにそのことを知ってたわけですが」と意味的には等価といえるが、「おる」を用いた文、殊にその縮約形を用いた文の方には、方言的なニュアンスや老年層でよく使われる表現という印象を受ける。
 こうした印象はおそらく「おる」という動詞が、その意味や使用範囲を、「いる」と棲み分けている結果に他ならないだろう。「いる」と意味・用法で重なっている部分を、より文章語的、より方言的、より位相語的な方向に限定することで存在を保持しているという表現をしてもよい。
(中略)
 これらのグラフから判断すると、「いる」においては、すでに大正時代以降は本動詞的な用法と補助動詞的な用法がだいたい同じような比率で推移しているようである、つまり、「いる」の使われ方が安定しているということである。これに対して「おる」の方は、20世紀初頭、尾崎紅葉「硯友社の沿革」においても、第一期国定読本の会話文においても同様で、出現数、本動詞としての用法の比率は、今回の資料の時期がピークとなっている。その当時の会話における表現としてはそれほど特異ではなかったが、時代が下るにつれ、全体の出現数も減少傾向となり、現在はもっぱら補助動詞的な用法によって「いる」との棲み分けをしていると考えられる。(pp. 11-13)

調査結果はまあ役には立つのですが、拙著(金水, 2006, 『日本語存在表現の歴史』)を読んで下さっていたら、もっと充実した論文になっただろうに、と思うと残念です。

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