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2008年8月16日 (土)

漢字音

SKinsui's blog から転載です。

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先日、H大学で大学院生相手に日本語史の演習をやっていたときのこと。

学生の中に、日本人以外に中国人と韓国人がいたので、それぞれの国の漢字音を比べ合いました。例に取り上げた字は

(簡体字で「叶」)

それぞれの国語での漢字音は、以下の通り。

日本語:ヨウ

中国語:イェ

韓国語:ヨ

もととなった、古い中国での漢字音は

イェ

のようなものであったようです。韓国の漢字音(朝鮮漢字音)が一番古い姿を残していて、音節末の閉鎖音[p]を保存していますね。中国本国では、この[p]は失われてしまいました。一方、日本では、

イェプ > イェフ > イェウ > ヨウ

のような経過をへて、現代に至っています(歴史的仮名遣いでは「エフ」)。

これって、東アジアを舞台に、1000年以上かけて

壮大な伝言ゲーム

をしているようなものですね。その答え合わせを、今、日本の広島でしていると思うと、なんだか楽しい気分がしてきました。

2008年8月13日 (水)

日本語の「懸垂疑問文」に関する一考察

石井康男 (2008.3) 「日本語の「懸垂疑問文」に関する一考察」『文の語用的機能と統語論:日本語の主文現象からの提言(1)』平成19年度~平成21年度 日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究 (B))研究成果報告書(課題番号 19320063)研究代表者:長谷川信子、pp. 63-81.

要旨

本論は、動詞に選択されず付加部として機能している疑問従属節を考察する。この種の疑問節には、WH疑問と、Yes/No疑問の2種類があり、両者は、意味的機能が異なる一方、共に「か」の前に「の」を要求し、主節が疑問文になれないという共通点もある。これらの疑問節(「懸垂疑問文」)の統語的・意味的な特徴を動詞に選択された通常の埋め込み疑問文と比較しながら分析することによって、日本語におけるWH句の認可条件および節末の「か」の特性についての手がかりが得られることを示す。

(1) a. [誰がやったのか]、ハンマーで窓を割ったらしい。
     b. 太郎は[何を買ってきたのか]、大きな箱を抱えていた。

(4) 太郎が帰ってきたのか、花子はうれしそうだ。

こういう構文を「懸垂疑問文」(Dangling Interrogatives)と呼ぶことは初めて知りました。なお、Ishii (2003) では Interrogative Adjuncts と呼んでいるそうです。

Ishii, Yasuo. 2003. Interrogative adjuncts in Japanese: A preliminary study. In Empirical and Theoretical Investigations into Language: A Festschrift for Masaru Kajita, ed. by Shuji Chiba et al., 281-296, Kaitakusha, Tokyo.

20世紀初頭における「いる」と「おる」

加藤安彦 (2008.1.10) 「20世紀初頭における「いる」と「おる」―尾崎紅葉「硯友社の沿革」と第一期国定読本―」『専修国文』82:1-14

「6.まとめ」より

 今日の我々の感覚からすると、「おる」を用いた表現で、「私にはたくさんの親戚がおります。」という本動詞用法、「彼は今外出しております。」という補助動詞用法、ともに敬意表現として機能する側面もあるが、また、そのことの影響を抜きにして考えることは困難ではあるが、「いる」を用いた文章よりも形式ばっている、文章語的である、という印象を受ける。また、「すでににそのことは知っておったわけですが」という文は、「すでににそのことを知っとったわけですが」という縮約形を用いた文にすることもでき、それは「すでにそのことは知っていたわけですが」や「すでにそのことを知ってたわけですが」と意味的には等価といえるが、「おる」を用いた文、殊にその縮約形を用いた文の方には、方言的なニュアンスや老年層でよく使われる表現という印象を受ける。
 こうした印象はおそらく「おる」という動詞が、その意味や使用範囲を、「いる」と棲み分けている結果に他ならないだろう。「いる」と意味・用法で重なっている部分を、より文章語的、より方言的、より位相語的な方向に限定することで存在を保持しているという表現をしてもよい。
(中略)
 これらのグラフから判断すると、「いる」においては、すでに大正時代以降は本動詞的な用法と補助動詞的な用法がだいたい同じような比率で推移しているようである、つまり、「いる」の使われ方が安定しているということである。これに対して「おる」の方は、20世紀初頭、尾崎紅葉「硯友社の沿革」においても、第一期国定読本の会話文においても同様で、出現数、本動詞としての用法の比率は、今回の資料の時期がピークとなっている。その当時の会話における表現としてはそれほど特異ではなかったが、時代が下るにつれ、全体の出現数も減少傾向となり、現在はもっぱら補助動詞的な用法によって「いる」との棲み分けをしていると考えられる。(pp. 11-13)

調査結果はまあ役には立つのですが、拙著(金水, 2006, 『日本語存在表現の歴史』)を読んで下さっていたら、もっと充実した論文になっただろうに、と思うと残念です。

2008年8月10日 (日)

指示詞研究会2008.8於岡山大学

使用したスライドをアップします。

「okayama2008slide.pdf」をダウンロード

参考文献は、こちらをご覧下さい。

2008年8月 6日 (水)

日本語史のインタフェース

金水 敏・乾 善彦・渋谷勝己(共編著)

『日本語史のインタフェース』シリーズ日本語史 4

2008年7月29日第1刷発行

岩波書店

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/5/0281300.html

*目次

日本語史へのいざない

第1章 日本語史のインタフェースとは何か (金水担当) 1-23

1.1 インタフェースについて
1.2 言語と言語史について
1.3 音声言語と書記言語
1.4 口承と朗唱
1.5 音声言語と書記言語の交渉
1.6 上代文献の問題――『古事記』を中心に
1.7 中古文献の問題――仮名の機能
1.8 中世文献の問題――宗教的言語の機能
1.9 近代文献の問題――雅と俗
1.10 近代文献の問題――音声言語をめぐる幻想

1.11 まとめ

第2章 言語資料のインタフェース(乾担当) 25-57

2.1 言語と文字
2.2 文字と社会
2.3 文字資料の諸相

第3章 日本語書記の史的展開(乾担当) 59-99

3.1 漢字専用時代
3.2 仮名文の成立
3.3 和漢の混交
3.4 印刷と規範
3.5 電子化時代の書記

第4章 新たなことばが生まれる場 (渋谷担当) 101-137

4.1 言語変化のインタフェース
4.2 いくつかの前提
4.3 自律的発生の諸要因
4.4 生理的な要因による言語変化
4.5 認知的な要因による言語変化
4.6 社会的な要因による言語変化
4.7 自律的変化と言語獲得
4.8 まとめ:自律的変化の結果

第5章 ことばとことばの出会うところ(渋谷担当) 139-175

5.1 はじめに
5.2 新規発生形式のたどる道
5.3 伝播の第一歩:新たな言語事象との出会い
5.4 さらなる伝播
5.5 新たな言語形式・言語体系の受容と再編成
5.6 他変種の習得と使いわけ
5.7 多言語の習得
5.8 接触変種の発生
5.9 まとめ

第6章 言語変化の中に生きる人々(渋谷担当) 177-203

6.1 はじめに
6.2 言語使用者のもつ言語能力
6.3 現代の方言話者のスタイル切換え
6.4 古典に見る日本語他変種能力とその運用
6.5 曲亭馬琴のスタイル切換え行動
6.6 夏目漱石のスタイル切換え行動
6.7 言語使用者の言語能力と方言の言語

第7章 役割語と日本語史(金水担当)205-236

7.1 はじめに――役割語とは何か
7.2 役割語の理論的基盤
7.3 役割語と日本語史
7.4 ケーススタディ:老人語・博士語
7.5 役割語形成のヴァリエーション
7.6 まとめ

参考文献

索引

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