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2009年1月 5日 (月)

補助動詞「~おる」の展開

青木博文 (2008.11) 「補助動詞「~オル」の展開」『和漢語文研究』第6号, 左1-13

「6. おわりに」を抜き書きします。

6. おわりに
 
以上のように、本稿では「~ヨル」の卑語化について、室町末江戸初期以降、文法体系から追い出されたことで生じたものであると述べた。このように言うとき、金水 (2006a) などで指摘される、中古の卑語的「ヲリ」をどのように考えるべきか、という問題が生じてくる。柳田 (1991) では、必ずしも「ヲリ」に主語下位待遇の意味が認められるわけではないと説かれるが、関係卑語の使用は義務的ではないとする西尾 (2005) などを考慮すると、中古卑語説を退ける根拠とはならないだろう。
 文献を見るかぎり、中古に「ヰタリ」が現れることによって「ヲリ」の使用は激減しており、「文法体系から追い出された」と考える可能性はある。しかし、ここで言う「文献」とは、宮廷貴族を中心とした限られた位相の言語を反映したものである点に留意すべきであろう。確かに感情卑語としての性格は認められるし、いくらか古い言い方となっていた可能性も大きい。しかしながら、室町期の抄物資料であれだけ多用されるということは、中古から中世にかけての京のみやこ一帯で「文法体系から追い出される」には至っていないと考えたほうがよいように思う。
 ただし抄物資料と一口に言っても、オル系がまったく現れない抄物もあり、非常に複雑である (来田 2001)。しかし、それこそが当時の状況であったものと考えられる。様々なコミュニティにおいて様々な形式が用いられていたのであろう。現代語においても、関西以西のアスペクト形式は非常に複雑な様相を示しており、今現在も種々の変化が進行している。日本語史研究においても、従来のように「中央語の歴史」として直線的に捉えるばかりでなく、多様性を考慮する見方が求められていよう。その多様性を反映する資料として、抄物資料はやはり有用であると思う。
 柳田 (1991) では、卑語化のプロセスについて、第2節の (15c) に示したように、まず「動詞+オル」が卑語表現となり、これにひあれて「テオル」・本動詞「オル」も卑下・軽卑の表現となった、と述べられている。これに対し、金水 (2001) では、文法化の観点から「「補助動詞化することで生じた意味が本動詞に付与されるということは極めてありにくい」と批判された。本稿でも、「本動詞→補助動詞」という道筋は想定していないが、必ずしも「本動詞→補助動詞」という過程を想定する必要もないように思う。日高 (2007) では、「クレル」の視点制約の成立について、補助動詞よりも本動詞のほうが「クレル」の遠心的方向用法を残しやすい方言があることが示され(「おまえに本をクレル」)、補助動詞から先に変化が起こる可能性について示された。「~オル」の場合、卑語性(特に感情卑語)という、文法現象に直接関与しない性格であることもふまえておく必要があるが、文法化理論における「一方向性の仮説」については、今後様々なケースと合わせて考えていく必要があるだろう。 (pp. 11-12)

全体として、妥当な意見であると思います。ただし、日高 (2007) で示された現象は、本動詞のほうが古い意味を残しやすく、補助動詞は意味が先鋭化しやすいということを示しているとも言え、むしろ「一方向性」に沿った現象であるように思われます。似た現象は、大阪方言の「イテル」についても見られるでしょう。「テル」を構成する「テ+イル」の「イル」は静的意味を担っているはずですが、本動詞の「イル」は補助動詞「テル」の助けを借りて生態的意味を表しているわけで、むしろ古いアスペクチュアリティを残しているように見えます。

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