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2010年3月17日 (水)

忍頂寺文庫・小野文庫洒落本データ

大阪大学大学院文学研究科・人間文化研究機構国文学研究資料館連携研究「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」による、洒落本画像データ、翻字テキストを公開しております。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/~iikura/Ninjoji_Ono/syarebon.html

「忍頂寺文庫・小野文庫の研究」については、こちらを参照。

2010年3月14日 (日)

特別集中講義「日本語存在表現の歴史」

東京言語研究所・特別集中講義のご案内

東京言語研究所では、言語学の研究者の方々ならびに言語学に興味をお持ちの方々を対象に〔理論言語学講座〕をはじめとして様々を講座を開設しておりますが、この度あらたに「特別集中講義」を開催することといたしました。<特別集中講義>は、多様な研究領域に関して、より多くの方々の受講が可能な条件を勘案し企画いたしました。ぜひご参加ください。

<演題>:「日本語存在表現の歴史」
<講師>:金水敏氏〔大阪大学大学院文学研究科教授〕
<日時>2010年3月27日(土) 13:00~16:30

28日(日) 9:00~17:10
<講義内容>
講義1 存在文・存在動詞の分類
講義2 「いる(ゐる)」の歴史(上代~鎌倉)
講義3 「いる」の歴史(室町~現代)
講義4 「ゐる」と「をり」の関係(上代~鎌倉)
講義5 「いる」と「おる」の関係(室町~現代)
講義6 地理的分布と歴史

<会場>東京言語研究所(新宿区西新宿6-24-1 西新宿三井ビル13階)

<参加費>15,000 円

<申込み>メールまたはFAX にて下記をご連絡下さい。(定数:先着50名)
①特別集中講義受講希望②氏名③住所④電話番号⑤メールアドレス
⑥区分(会社員・教職員・大学院生・大学生・その他)
※(この情報は受講手続きにのみ使用いたします。)

講師紹介: 1956 年生まれ。大阪女子大学助教授、神戸大学助教授等をへて、現在大阪大
学大学院文学研究科教授。著書『ヴァーチャル日本語役割語の謎』(岩波書
店)『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房)他

○ 問合せ先
東京言語研究所
〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-24-1 西新宿三井ビル16階
TEL:03-5324-3420 FAX:03-5324-3427
E-mail:info@tokyo-gengo.gr.jp ホームページ:http://www.tokyo-gengo.gr.jp/

○以下に、講義の概要を掲げます。

 <講義内容>
 この講義内容の多くの部分は金水 (2006) 『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房)と重なっていますが、残りの部分は今回新しく付加した部分であり、またかつて述べたことを新しい視点から述べ直したところがあります。

講義1 存在文・存在動詞の分類
 存在文を、「空間的存在文」「限量的存在文」「リスト存在文」「所有文」等に分類することを提案し、これらの分類は存在動詞の分類(場所項を要求するか否か)と連動することを述べる。現代共通語の話者は、「いる(おる)」と「ある」をもっぱら主語の指示対象の有生性によって使い分けているが、一部の話者は限量的存在文・リスト存在文・所有文に限って有生物主語に対し「ある」の所有を許容するが、その許容度は話者の年齢・世代によって異なるようである。また、英語、中国語、韓国語、スペイン語等、他の外国語との対照も試みる(この講義は、意味論的・統語論的な分析が主となり、若干聞くのに骨が折れますが、できるだけ分かりやすくお話しします)。

講義2 「いる(ゐる)」の歴史(上代~鎌倉)
「ゐる」(「いる」の古形)は元来は存在動詞とは言えず、移動可能な対象が一定の場所に静止・固着する意味の変化動詞であった。一方「あり」(「ある」のラ行変格活用形)は、主語の有生・無生、空間的・限量的を問わず用いられた。また「あり」の敬語形(尊敬語「おはす」謙譲語「はべり」等)も意味的には「あり」と同様の用法を持っていた。

講義3 「いる」の歴史(室町~現代)
 「いる」は室町時代後期までには有生物の存在を表すようになったが、最初は空間的存在文の一部に限定されていた。やがて、江戸時代までには、有生主語かつ空間的存在文の領域を占めるようになった。近代に入り、有生主語かつ限量的存在文の領域に「いる」が進入するようになり、現在はこの領域をほとんど「いる」が占めることとなって、空間的・限量的という区別が形態論的には効力を失った。

講義4 「ゐる」と「をり」の関係(上代~鎌倉)
 「をり」(「おる」の古形)は、上代には「ゐる」の唯一の状態形(「あり」が膠着し、「ゐる」の結果状態を表す)であった。平安時代に入ると「ゐたり」という新しい状態形が登場し、「をり」の用例は減少した。さらに「をり」に特殊な評価的ニュアンスが加わることとなった。

講義5 「いる」と「おる」の関係(室町~現代)
 現代共通語では、「おる」は「おります」(謙譲・丁重語)、「おられる」(尊敬語)、「おり」「おらず」(中止形)に限って用いられるが、このような分布が近世における重層的なスタイルから流入していることを述べる。

講義6 地理的分布と歴史
 現在、西日本の多くの方言では有生物の存在に「おる」を用い、東日本の多くの方言では「いる」を用いるが、この分布が、中央における歴史的変化とどのように関連するのかという問題について思考実験を試みる。併せて、一般的に語彙・意味が動的に変化する原理について考察する。

2010年3月13日 (土)

ロボット演劇

私のエッセーを含む下記図書が出版されました。とても綺麗な写真満載の、ビジュアルムックです。平田オリザさんのシナリオ、平田さんと石黒浩さんの対談、エッセーなど多彩な内容を含んでいます。

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(編)(2010)『ロボット演劇』大阪大学出版会

私のエッセーを途中まで(けち!)貼り付けます。全部お読みになりたいかた、ぜひ本書をご購入ください(けち!)

「ええ、まぁ」の言語学―タケオと桃子は二つの"フェイス"の夢を見るか―

金水 敏

 私は「働く私」を見ていて、ロボットが口にした「ええ、まぁ……」という台詞を聞いた時、衝撃を受け、背筋に戦慄が走った。

*祐治、CDをセットしてスイッチを押す。
  「ロボコップ」のテーマが流れる。
郁恵  えぇ?
祐治  どう?
・・・
祐治  (ロボットBに)どう?
ロボB はぁ、
祐治  これ、元気でんじゃない?
ロボB えぇ、まぁ、
       (心なしか、リズムに合わせて、身体をかすかに回しはじめる)

 祐治は、働く気力を失ったロボットA(タケオ)を鼓舞しようとして「ロボコップ」のテーマを聞かせることを、ロボットB(桃子)に提案してみるのだが、ロボットBはその行為の有効性に確信が持てず、その上で、否定的反応によって祐治を傷つけることをおもんぱかり、その結果あえて発した返答がこの「ええ、まぁ」だったのである(この場所以外に、ロボットBは「まぁ、どうでしょう?」「はい・・・まぁ」というせりふを話し、いずれも、似たニュアンスで用いられている)。
 なぜ、私はこのせりふに衝撃を受けたのだろうか。それは、「ええ、まぁ」が、私にとって最も"ロボットらしくない"せりふであるように感じられたからであり、そしてそのことこそが平田さん(平田オリザ氏は私の勤務先の同僚なので、こう呼ばせていただきます)がこのロボット演劇に仕掛けた"わな"なのだろうと感じとった。
 私たちが想像するロボットの会話と言えば、だいたい次のようなものである(平板な、機械的音声を思い浮かべてください)。

  「はい、分かりました」
  「今お持ちします。しばらくお待ちください」
  「計算できません」
  「その単語は、私の知識にありません」

 すなわち、必要最小限の内容を直接的に伝える、よく言えば"効率的"な、悪く言えば"無味乾燥"な受け答えである。むろん、本当にロボットと会話した人はほとんどいなかったはずで、これはSF映画などに登場する、架空のステレオタイプなロボットのせりふである。こうしたSF作品の制作者は、どうせロボットには"人間的"なやりとりなど高度すぎて出来ない(と観客が思う)だろうと見積もった上で、むしろその愚直さ、たどたどしさを楽しむ"トリックスター"的なキャラクターとしてロボットを利用するのが通例であった。いわば、はやりの言葉で言えば、いささかKY(空気読めない)な道化師的存在としてロボットは扱われてきた。そのようなロボットに対する思い込みを、平田さんは冒頭から外しにかかった。そのことを最も象徴的に表したせりふが「ええ、まぁ」だったのである。
 ここで、問題の核心に迫るために、ロボットの会話と「ええ、まぁ」の機能について、語用論 (pragmatics) という一種の意味論の立場から考えてみたい。意味論学者のグライス(H. P. Grice)は、すべての会話の参加者は次のような協調の原理(cooperative principle)に従わなければならないと仮定した(Grice 1975)。

(以下略)

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