2006年9月 6日 (水)

系統樹思考の世界

026955420000 下記の本を読みました。

『系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに』 
(講談社現代新書)
  三中 信宏著

税込価格 : \819 (本体 : \780)
出版 : 講談社
サイズ : 新書 / 294p
ISBN : 4-06-149849-5
発行年月 : 2006.7

三中さんは生物学がご専門ですが、本書の中でも書かれているように、この本は言語学も含めて、文理を越え、進化論的発想を共有するすべての学問を対象として書かれたものです。歴史言語学を志す人には、必読書と言えるでしょう。

まず、私の専門分野に関連して、恥ずかしながら知らなかった情報が書かれていたので抜き書きしておきます。

 時間的変化をたどる生物系統学が、同時に空間的変化を追求する生物地理学とも密接に関係するのと同様に、民俗学においては、単に時間的次元だけでなく、平面的な空間的次元をも考慮しなければなりません。岩竹は、シュライヒャーの「家族樹説」ならびにそれと対立して提唱されたヨハネス・シュミットの「波紋説」がどちらも民俗学に導入され、それぞれ「重出立証法」および「方言周圏論」という名で、日本の民俗学に導入された興味深い経緯があったと述べています。
 重出立証法とは、伝承間で共有される特徴を逐次的につなげていくことにより変遷過程を復元する方法です。他方の、方言周圏論とは、古い時代の言葉ほど周辺地域に残存するという主張です。前者は伝承の時間的な復元を目指すのに対し、後者は地理的な復元を目指します。
 重出立証法と方言周圏論は互いに対立するもので、しかも互いに補いあうべきものと岩竹は解釈しているようです。しかし、生物系統学ならびに生物地理学の観点からみた場合、両者は、もともとひとつのものの時間的断面と空間的断面に相当すると理解したほうがいいように私は考えます。つまり、ある文化的伝承(あるいは考古学的遺物)を、時空的に変化する系譜 (lineage) として一体的に理解しようという姿勢です。(pp. 110-111)

「岩竹」とは、下記の文献です。

岩竹美加子「「重出立証法」・「方言周圏論」再考(1)~(3)」、「未来」(396): 13-21; (397): 6-16; (399): 30-35, 1999.

方言周圏論は我々になじみの理論ですが、そのルーツについては寡聞にして知りませんでした。

理論的には、第3章「「推論」としての系統樹---推定・比較・検証」が大変勉強になりました。無根系統樹から有根系統樹を導く手続き、「最節約基準」、外群の導入などの概念が、分かりやすい説明で述べられています。また、第4章「系統樹の根は広がり続ける」の第4節「高次系統樹---ネットワーク・ジャングル・スーパーツリー」の項も、系統樹研究の新しい展開が伺え、言語学にも関係するところの大きいことが期待されます。

今までの歴史言語学では、比較言語学で極度に発達した系統樹的発想が席巻しているわけですが、最近では、一度分かれた枝がまた混じり合うという、まさしく「ネットワーク」的関係が注目されているわけで、問題の整理に、新しい理論が大いに役立つわけです。

また、自分自身の仕事と照らし合わせて、もっとも共感を感じたのは、「本質」と「進化」に関する議論です。

 “ヒト”には“ヒト性”、“サル”には“サル性”という「本質」があると仮定する心理的本質主義は、進化的思考とは根本的に矛盾します。あるカテゴリー(“ヒト”や“サル”)に本質(“ヒト性”や“サル性”)が存在するとみなすかぎり、カテゴリー間の移行(進化)は原理的に不可能だからです。(p.124)

「種」の実在性を支持する心情とはいったい何か―それは時間的に変化する“もの”が、なお同一性 (identity) を保持し続けるだろうという、本質主義の再来です。進化的思考以前の形而上学の実念論的的立場に従えば、ある「本質」を共有する群は強い意味で同一性を持つと主張します。しかし、進化的な思考をするかぎり、本質を仮定することは御法度ですから、現代進化学の舞台台本からは本質ということばは消え失せます。ただ、デイヴィッド・ウィギンズらによる現代の分析哲学的な存在論の議論が示している通り、ある群が時空的に「同一」であるという主張は、どうあがいても本質主義的な結論に到達してしまうようです。つまり、ある群が時空的な同一性を維持するためには、何らかの「本質的属性」を共有し続けなければならないということです。これは進化的思考と正面衝突してしまいます。
 (中略)私たちは、生物としての人間であり、進化の過程でさまざまな肉体的特性と心理的特性を獲得してきました。ですから、心理的本質主義者としてのヒトと進化的思考者としてのヒトとは、表層的には矛盾するのですが、真相的には各自がそれぞれ折り合いをつけていくしかないのだろうと私は思います。
 むしろ、みずからが心理学的本質主義者であることに気づかずに、さまざまな形而上学的思考を経験論的事実(あるいは原始仮定)として言い続けることにこそ問題があるのでしょう。私たちは本質主義に関してナイーヴであってはなりません。(pp. 259-260)

言語学でも、「本質主義」的な議論(例えばある「語」や構文的役割(「主語」など)の「本質的」意味はこれこれ、といったような)にはしょっちゅう出会いますが、それを言ったとたん、言語の変化やヴァリエーションということが一切説明できなくなってしまうわけです。このことはうすうす気付いていましたが、非常にきれいな形で整理していただいたことに感謝したいと思います。

とはいえ、この本はやはり入門書なので、「もっと深いところが知りたい」という欲求には充分答えてくれません。同じ著者の、『生物系統学』(東京大学出版会, 1997)を手に取ってみたくなりました。

2006年9月 5日 (火)

拙著要約

book_2309ここでご紹介した、拙著『日本語存在表現の歴史』の概要を、ある必要のために書きましたので、記録しておきます。

『日本語存在表現の歴史』
金水 敏(著)ひつじ書房(刊)2006220日発行

本書は、日本語固有の存在動詞「ある(あり)」「いる(ゐる)」「おる(をり)」の3語を主たる対象とし、その意味、用法等の分布と変遷について、歴史的な検討を加えることを目的とする。そのために、本書は第1部「「いる」と「ある」」および第2部「「いる」と「おる」」の2部構成をとっている。

1部では、まず現代共通語を中心に、「いる」と「ある」の違いを意味論、統語論の面から分析し、空間的存在文、限量的存在文、所有文、リスト存在文という分類を得た。次に、古代語において変化動詞であった「ゐる」が、「たり」を伴った形式から「いた」を経て室町時代に存在動詞「いる」に至った経過、またその際、「いる」が空間的存在文の意味を獲得したこと、その後、限量的存在文・所有文その他へと広がっていった過程を明らかにした。

2部では、古代語の「ゐる」と「をり」がアスペクト的意味において対立していたこと、平安時代に新しい形式「ゐたり」が成立し、その結果「をり」が特殊な動詞へと変容したこと、その「をり」の意味と文体との関係等について検討した。さらに、全国共通語の「おる」の機能が、漢文訓読文、武士言葉、上方言葉由来の町人言葉等、異なる経路を経て形成されたことについて述べた。併せて、人を主語とする存在文における「いる」「おる」「ある」の地理的分布と中央語の変遷を照らし合わせ、西日本では「いる」「おる」について京阪を中心とする周圏分布が形成されていること、東日本では「ゐたり」に起源をもつ「いる」「いだ」等の形式が広く強い勢力を持っていることを確認した。また、「動詞+存在動詞」「動詞+て+存在動詞」という形式によるアスペクト形式が、存在表現の語彙の変化と深い相関関係にあることについて概観した。

2006年8月19日 (土)

Classical Japanese: A Grammar

コロンビア大学のHaruo Shirane先生にいただきました。アメリカで古典日本語を教えるための、実践的な教科書です。日本の学校文法を基盤とした体系になっています。続編として、例文集がもうすぐ出るとのことです。

Shirane, Haruo (2005) Cassical Japanese: A Grammar, Columbia University Press, New York. ISBN: 023113526

Situated Meaning

ニューヨークで、チャールズ・クイン先生にいただきました。「内・外」をキーワードとして見た、日本文化、日本社会、日本語論についての論文集です。

Bachnik, Jane M. and Quinn, Charles J., Jr (eds.) (1994) Situated Meaning: Inside and Outside in Japanese Self, Society, and Language, Prinston University Press, Prinston. ISBN: 0691015384

Part One: Indexing Self and Social Context

Chapter One
Introduction: uni/soto: Challenging Our Conceptualzations of Self, Scial Order, and Language
  Jane M. Bachnik

Chapter Two
The Terms uchi and soto as Windows on a World
  Charles J. Quinn, Jr.

Chapter Three
A Movable Self: The Linguistic Indexing of uchi and soto
  Patricia J. Wetzel

Chapter Four
Indexing Hierarchy through Japanese Gender Relations
  Nancy R. Rosenberger

Chapter Five
Uchi/soto: Choices in Directive Speech Acts in Japanese
  Robert J. Sukle

Chapter Six
Indexing Self and Society in Japanese Family Organization
  Jane M. Bachnik

Part Two: Failure to Index: Boundary Disintegration and Social Breakdown

Chapter Seven
Uchi no kaisha: Company as Family?
  Dorinne K. Kondo

Chapter Eight
The Battle to Belong: Self-Sacrifice and Self-Fulfillment in the Japanese Family Enterprize
  Matthews M. Hamabata

Chapter Nine
When uchi and soto Fell Silent in the Night: Shifting Boundaries in Shiga Naoya's "The Razor"
  Michael S. Molasky

Chapter Ten
Uni/soto: Authority and Intimacy, Hierarchy and Solidarity in Japan
  Jane M. Bachnik

Part Three: Language as a Form of Life: Clines of Knowledge as Clines of Person

Chapter Eleven
Uchi/soto: Tip of a Semiotic Iceberg? 'Inside' and 'Outside' Knowledge in the Grammar of Japanese
  Charles J. Quinn, Jr.

2006年8月17日 (木)

アカデミック・ジャパニーズ

ひつじ書房さまからいただきました。

4894762757 門倉正美・筒井洋一・三宅和子(編) (2006) 『アカデミック・ジャパニーズの挑戦』ひつじ書房, ISBN:4894762757

ひつじ書房のサイトへ

「国家」を背景とする日本語(外国語)教育から、市民のための外国語教育への転換を図るという意図が、「アカデミック・ジャパニーズ」という用語に込められているようです。

2006年6月22日 (木)

書店情報

ダイレクトメールからの情報です。地方(新潟)の書店ですが、こういう商売もできる世の中なのですね。

亀田ブックサービスです。
当社は先生方の専門分野に合わせて
洋書の新刊情報をお送りすべく努めています。

※今後このメールがご不要の場合は、お手数ですが、このままご返信くだ
 さい。送信は中止されます。(別の分野をご希望の方はご連絡下さい)
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今回は以下の本をご案内いたします。

1.von Heusinger:Where Semantics Meets Pragmatics
  (Elsevier   2006)534 pp.(H)  10,500円

2.Robinson:Introducing Performative Pragmatics
  (Routledge 2005)272 pp.(H)  18,800円

3.Mackenzie:Studies in Functional Discourse Grammar
  (Peter Lang 2005)259 pp.(P)  9,000円

4.van Kemenade:The Handbook of the History of English
  (Blackwell Pub. 2006)655 pp.(H)  24,000円

5.Mufwene:Polymorphous Linguistics
  (MIT Press 2005)550 pp.(P)  7,300円

6.Alexander:Social Performance
  (Cambridge University Press 2006)374 pp.(P)  6,100円

詳しい本の内容は下記のアドレスを(1クリックして)ご覧下さい。
    http://www.kamedabook.com/course/438-23.html

前回の内容は下記のアドレスをご覧下さい。
    http://www.kamedabook.com/course/438-22.html

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