2011年9月 4日 (日)

『文法史』(シリーズ日本語史、3)

岩波書店刊、シリーズ日本語史から第3巻『文法史』が出ました。

金水敏・大鹿薫久・高山善行・衣畑智秀・岡崎友子(編)

金水敏・高山善行・衣畑智秀・岡崎友子(著)

『文法史』シリーズ日本語史、3

岩波書店、2011年7月28日刊

詳しい内容はこちらからどうぞ。

0281290_2




2011年3月 6日 (日)

「日本歴史言語学会」設立のお知らせ

「日本歴史言語学会」が設立されます。神山孝雄先生のHPに詳しい案内と入会案内があります。

=========

「日本歴史言語学会」設立のお知らせ

 余寒の候、皆様にはご清祥のこととお慶び申し上げます。
 さて、ご承知のとおり、言語学は言語の歴史的研究にはじまります。文献学の伝統を受け継ぎつつ、19世紀のヨーロッパにおいて各言語の歴史的研究と印欧語比較言語学が飛躍的な発展を遂げ、その片鱗が上田萬年(1867-1937)によって日本に齎されると、辻直四郎(1899-1979)、泉井久之助(1905-1983)、高津春繁(1908-1973)他によってその成果が咀嚼・紹介されました。さらには、その応用から新村 出(1876-1967)、橋本進吉(1882-1945)、有坂秀世(1908-1952)等によって本格的な日本語史研究が開始され、他方では藤岡勝二(1872-1935)、服部四郎(1908-1996)によってアルタイ諸語の、また泉井によってオーストロネシア諸語のそれぞれ歴史的研究の端緒が築かれました。

 学統は受け継がれ、海外の学界で活躍する歴史言語学者も輩出されるに至っていますが、その反面、近年において日本国内における歴史言語学の認知度と言語学に占めるその比重は低下の一途を辿り、その裾野は狭まる一方であります。今こそ、既存の学会や研究機関の枠、扱う言語の枠、文献研究、比較研究等の方法論の枠を超え、さらには歴史学、考古学、神話学、宗教学、文化人類学等とも連携を図りつつ、わが国における歴史言語学と隣接諸分野の振興と普及、ならびに研究者相互の交流と切磋琢磨を行う母体の構築が必要だと言えましょう。ここに日本歴史言語学会(Japan Society for Historical Linguistics)の設立を発起する所以であります。

 追って設立総会・第一回大会についてご案内差し上げますが、まずは該当分野の専門研究者のみならず、同分野を志望する大学院生、また同分野に関心をお持ちのあらゆる方々に、設立の趣旨にご賛同いただき、ご入会とご協力をいただきますよう切にお願いする次第であります。
 ご意見、ご質問は何なりと暫定事務局までお寄せください。

  2011年2月吉日

発起人  アーウィン・マーク(Irwin Mark)、飯嶋一泰、石井正人、板橋義三、井上幸和、入江浩司、上野誠治、江藤裕之、大門正幸、大城光正、大森裕實、岡島昭浩、岡本崇男、織田哲司、風間喜代三、片見彰夫、上岡弘二、神山孝夫、菊澤律子、北岡千夏、金水 敏、工藤康弘、黒澤直俊、黒田 享、児玉茂昭、後藤敏文、堺 和男、櫻井映子、櫻井 健、嶋崎 啓、清水育男、清水 誠、下宮忠雄、菅原和竹、鈴木誠一、鈴村直樹、高田博行、田中俊也、田村建一、千種眞一、柘植洋一、堂山英次郎、中村幸一、ナロック・ハイコ(Narrog Heiko)、西村秀夫、野田恵剛、野町素己、服部文昭、藤井文夫、堀井令以知、本城二郎、町田 健、松本克己、森田信也、山口 巖、山部順治、山本伸也、山本文明、吉田 豊、渡辺 学(五十音順)

暫定事務局: 〒560-8532 大阪府豊中市待兼山町1-5  大阪大学文学研究科
     神山孝夫研究室内 kamiyama [at] let.osaka-u.ac.jp

2010年12月25日 (土)

上代文献のテキスト公開

ここで紹介した、VSARPJ プロジェクトが、サイトで上代の日本語文献のコーパスを公開しています。

将来的には、品詞情報や統合構造などを埋め込む予定ですが、現在、原文表記とローマ字によるプレーンな解釈文が公開されています。

こちらからどうぞ。

2010年8月26日 (木)

日本語の歴史 (A History of the Japanese Language)

Oxford 大学の Bjarke Frellesvig さんの新刊書 A History of the Japanese Language が7月に出ました。

A History of the Japanese Language
Bjarke Frellesvig
460 pages
Hardback 9780521653206
USD 130.00

紹介文の翻訳を挙げておきます。

著者は最初期の記録から現代にいたるまで、書記資料および歴史的記録に依拠して、日本語の発展を記述している。検証された最古の段階である古代日本語(およそ8世紀)の記述から始め、初期中世日本語(800年~1200年)、後期中世日本語(1200年~1600年)、近代日本語(1600年以降)を通して起こった変化をたどりつつ、日本語の総体的な内面史を検証し、議論していく。本書における報告は日本語がどのように発展・進化してきたかということの包括的な研究とそのための多量の必要な資源を研究者に供給してくれる。本書は日本語に興味を持つ総ての人のみならず、一般的な言語変化について学ぶ学生にとってもかけがえのない文献である。

ちらしはこれ。→「a_history_of_the_japanese_language.pdf」をダウンロード

2010年4月 9日 (金)

VSARPJ プロジェクト

Oxford のB. Frellesvig 先生によるプロジェクト

Verb semantics and argument realization in pre-modern Japanese:
A comprehensive study of the basic syntax of pre-modern Japanese

のホームページがここにあります。日本語の説明もここにあります。

2010年3月14日 (日)

特別集中講義「日本語存在表現の歴史」

東京言語研究所・特別集中講義のご案内

東京言語研究所では、言語学の研究者の方々ならびに言語学に興味をお持ちの方々を対象に〔理論言語学講座〕をはじめとして様々を講座を開設しておりますが、この度あらたに「特別集中講義」を開催することといたしました。<特別集中講義>は、多様な研究領域に関して、より多くの方々の受講が可能な条件を勘案し企画いたしました。ぜひご参加ください。

<演題>:「日本語存在表現の歴史」
<講師>:金水敏氏〔大阪大学大学院文学研究科教授〕
<日時>2010年3月27日(土) 13:00~16:30

28日(日) 9:00~17:10
<講義内容>
講義1 存在文・存在動詞の分類
講義2 「いる(ゐる)」の歴史(上代~鎌倉)
講義3 「いる」の歴史(室町~現代)
講義4 「ゐる」と「をり」の関係(上代~鎌倉)
講義5 「いる」と「おる」の関係(室町~現代)
講義6 地理的分布と歴史

<会場>東京言語研究所(新宿区西新宿6-24-1 西新宿三井ビル13階)

<参加費>15,000 円

<申込み>メールまたはFAX にて下記をご連絡下さい。(定数:先着50名)
①特別集中講義受講希望②氏名③住所④電話番号⑤メールアドレス
⑥区分(会社員・教職員・大学院生・大学生・その他)
※(この情報は受講手続きにのみ使用いたします。)

講師紹介: 1956 年生まれ。大阪女子大学助教授、神戸大学助教授等をへて、現在大阪大
学大学院文学研究科教授。著書『ヴァーチャル日本語役割語の謎』(岩波書
店)『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房)他

○ 問合せ先
東京言語研究所
〒160-0023 東京都新宿区西新宿6-24-1 西新宿三井ビル16階
TEL:03-5324-3420 FAX:03-5324-3427
E-mail:info@tokyo-gengo.gr.jp ホームページ:http://www.tokyo-gengo.gr.jp/

○以下に、講義の概要を掲げます。

 <講義内容>
 この講義内容の多くの部分は金水 (2006) 『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房)と重なっていますが、残りの部分は今回新しく付加した部分であり、またかつて述べたことを新しい視点から述べ直したところがあります。

講義1 存在文・存在動詞の分類
 存在文を、「空間的存在文」「限量的存在文」「リスト存在文」「所有文」等に分類することを提案し、これらの分類は存在動詞の分類(場所項を要求するか否か)と連動することを述べる。現代共通語の話者は、「いる(おる)」と「ある」をもっぱら主語の指示対象の有生性によって使い分けているが、一部の話者は限量的存在文・リスト存在文・所有文に限って有生物主語に対し「ある」の所有を許容するが、その許容度は話者の年齢・世代によって異なるようである。また、英語、中国語、韓国語、スペイン語等、他の外国語との対照も試みる(この講義は、意味論的・統語論的な分析が主となり、若干聞くのに骨が折れますが、できるだけ分かりやすくお話しします)。

講義2 「いる(ゐる)」の歴史(上代~鎌倉)
「ゐる」(「いる」の古形)は元来は存在動詞とは言えず、移動可能な対象が一定の場所に静止・固着する意味の変化動詞であった。一方「あり」(「ある」のラ行変格活用形)は、主語の有生・無生、空間的・限量的を問わず用いられた。また「あり」の敬語形(尊敬語「おはす」謙譲語「はべり」等)も意味的には「あり」と同様の用法を持っていた。

講義3 「いる」の歴史(室町~現代)
 「いる」は室町時代後期までには有生物の存在を表すようになったが、最初は空間的存在文の一部に限定されていた。やがて、江戸時代までには、有生主語かつ空間的存在文の領域を占めるようになった。近代に入り、有生主語かつ限量的存在文の領域に「いる」が進入するようになり、現在はこの領域をほとんど「いる」が占めることとなって、空間的・限量的という区別が形態論的には効力を失った。

講義4 「ゐる」と「をり」の関係(上代~鎌倉)
 「をり」(「おる」の古形)は、上代には「ゐる」の唯一の状態形(「あり」が膠着し、「ゐる」の結果状態を表す)であった。平安時代に入ると「ゐたり」という新しい状態形が登場し、「をり」の用例は減少した。さらに「をり」に特殊な評価的ニュアンスが加わることとなった。

講義5 「いる」と「おる」の関係(室町~現代)
 現代共通語では、「おる」は「おります」(謙譲・丁重語)、「おられる」(尊敬語)、「おり」「おらず」(中止形)に限って用いられるが、このような分布が近世における重層的なスタイルから流入していることを述べる。

講義6 地理的分布と歴史
 現在、西日本の多くの方言では有生物の存在に「おる」を用い、東日本の多くの方言では「いる」を用いるが、この分布が、中央における歴史的変化とどのように関連するのかという問題について思考実験を試みる。併せて、一般的に語彙・意味が動的に変化する原理について考察する。

2009年2月11日 (水)

中古日本語の文法的な時間表現

下記の要領で、博士論文公開審査を行います。どたたでもご自由にお越しください。

発表者:黒木邦彦(大阪大学大学院文学研究科 博士後期課程3年)
題目:中古日本語の文法的な時間表現
    ―アスペクト、テンス、ムードをめぐって―
日時: 2009年2月16日(月) 15:00~
会場: 大阪大学(豊中キャンパス)共通教育A棟 6階 大会議室

2009年1月 5日 (月)

補助動詞「~おる」の展開

青木博文 (2008.11) 「補助動詞「~オル」の展開」『和漢語文研究』第6号, 左1-13

「6. おわりに」を抜き書きします。

6. おわりに
 
以上のように、本稿では「~ヨル」の卑語化について、室町末江戸初期以降、文法体系から追い出されたことで生じたものであると述べた。このように言うとき、金水 (2006a) などで指摘される、中古の卑語的「ヲリ」をどのように考えるべきか、という問題が生じてくる。柳田 (1991) では、必ずしも「ヲリ」に主語下位待遇の意味が認められるわけではないと説かれるが、関係卑語の使用は義務的ではないとする西尾 (2005) などを考慮すると、中古卑語説を退ける根拠とはならないだろう。
 文献を見るかぎり、中古に「ヰタリ」が現れることによって「ヲリ」の使用は激減しており、「文法体系から追い出された」と考える可能性はある。しかし、ここで言う「文献」とは、宮廷貴族を中心とした限られた位相の言語を反映したものである点に留意すべきであろう。確かに感情卑語としての性格は認められるし、いくらか古い言い方となっていた可能性も大きい。しかしながら、室町期の抄物資料であれだけ多用されるということは、中古から中世にかけての京のみやこ一帯で「文法体系から追い出される」には至っていないと考えたほうがよいように思う。
 ただし抄物資料と一口に言っても、オル系がまったく現れない抄物もあり、非常に複雑である (来田 2001)。しかし、それこそが当時の状況であったものと考えられる。様々なコミュニティにおいて様々な形式が用いられていたのであろう。現代語においても、関西以西のアスペクト形式は非常に複雑な様相を示しており、今現在も種々の変化が進行している。日本語史研究においても、従来のように「中央語の歴史」として直線的に捉えるばかりでなく、多様性を考慮する見方が求められていよう。その多様性を反映する資料として、抄物資料はやはり有用であると思う。
 柳田 (1991) では、卑語化のプロセスについて、第2節の (15c) に示したように、まず「動詞+オル」が卑語表現となり、これにひあれて「テオル」・本動詞「オル」も卑下・軽卑の表現となった、と述べられている。これに対し、金水 (2001) では、文法化の観点から「「補助動詞化することで生じた意味が本動詞に付与されるということは極めてありにくい」と批判された。本稿でも、「本動詞→補助動詞」という道筋は想定していないが、必ずしも「本動詞→補助動詞」という過程を想定する必要もないように思う。日高 (2007) では、「クレル」の視点制約の成立について、補助動詞よりも本動詞のほうが「クレル」の遠心的方向用法を残しやすい方言があることが示され(「おまえに本をクレル」)、補助動詞から先に変化が起こる可能性について示された。「~オル」の場合、卑語性(特に感情卑語)という、文法現象に直接関与しない性格であることもふまえておく必要があるが、文法化理論における「一方向性の仮説」については、今後様々なケースと合わせて考えていく必要があるだろう。 (pp. 11-12)

全体として、妥当な意見であると思います。ただし、日高 (2007) で示された現象は、本動詞のほうが古い意味を残しやすく、補助動詞は意味が先鋭化しやすいということを示しているとも言え、むしろ「一方向性」に沿った現象であるように思われます。似た現象は、大阪方言の「イテル」についても見られるでしょう。「テル」を構成する「テ+イル」の「イル」は静的意味を担っているはずですが、本動詞の「イル」は補助動詞「テル」の助けを借りて生態的意味を表しているわけで、むしろ古いアスペクチュアリティを残しているように見えます。

2008年8月16日 (土)

漢字音

SKinsui's blog から転載です。

===============

先日、H大学で大学院生相手に日本語史の演習をやっていたときのこと。

学生の中に、日本人以外に中国人と韓国人がいたので、それぞれの国の漢字音を比べ合いました。例に取り上げた字は

(簡体字で「叶」)

それぞれの国語での漢字音は、以下の通り。

日本語:ヨウ

中国語:イェ

韓国語:ヨ

もととなった、古い中国での漢字音は

イェ

のようなものであったようです。韓国の漢字音(朝鮮漢字音)が一番古い姿を残していて、音節末の閉鎖音[p]を保存していますね。中国本国では、この[p]は失われてしまいました。一方、日本では、

イェプ > イェフ > イェウ > ヨウ

のような経過をへて、現代に至っています(歴史的仮名遣いでは「エフ」)。

これって、東アジアを舞台に、1000年以上かけて

壮大な伝言ゲーム

をしているようなものですね。その答え合わせを、今、日本の広島でしていると思うと、なんだか楽しい気分がしてきました。

2008年8月13日 (水)

20世紀初頭における「いる」と「おる」

加藤安彦 (2008.1.10) 「20世紀初頭における「いる」と「おる」―尾崎紅葉「硯友社の沿革」と第一期国定読本―」『専修国文』82:1-14

「6.まとめ」より

 今日の我々の感覚からすると、「おる」を用いた表現で、「私にはたくさんの親戚がおります。」という本動詞用法、「彼は今外出しております。」という補助動詞用法、ともに敬意表現として機能する側面もあるが、また、そのことの影響を抜きにして考えることは困難ではあるが、「いる」を用いた文章よりも形式ばっている、文章語的である、という印象を受ける。また、「すでににそのことは知っておったわけですが」という文は、「すでににそのことを知っとったわけですが」という縮約形を用いた文にすることもでき、それは「すでにそのことは知っていたわけですが」や「すでにそのことを知ってたわけですが」と意味的には等価といえるが、「おる」を用いた文、殊にその縮約形を用いた文の方には、方言的なニュアンスや老年層でよく使われる表現という印象を受ける。
 こうした印象はおそらく「おる」という動詞が、その意味や使用範囲を、「いる」と棲み分けている結果に他ならないだろう。「いる」と意味・用法で重なっている部分を、より文章語的、より方言的、より位相語的な方向に限定することで存在を保持しているという表現をしてもよい。
(中略)
 これらのグラフから判断すると、「いる」においては、すでに大正時代以降は本動詞的な用法と補助動詞的な用法がだいたい同じような比率で推移しているようである、つまり、「いる」の使われ方が安定しているということである。これに対して「おる」の方は、20世紀初頭、尾崎紅葉「硯友社の沿革」においても、第一期国定読本の会話文においても同様で、出現数、本動詞としての用法の比率は、今回の資料の時期がピークとなっている。その当時の会話における表現としてはそれほど特異ではなかったが、時代が下るにつれ、全体の出現数も減少傾向となり、現在はもっぱら補助動詞的な用法によって「いる」との棲み分けをしていると考えられる。(pp. 11-13)

調査結果はまあ役には立つのですが、拙著(金水, 2006, 『日本語存在表現の歴史』)を読んで下さっていたら、もっと充実した論文になっただろうに、と思うと残念です。

より以前の記事一覧