2006年12月29日 (金)

日本語否定文の構造

いただきものです。

片岡喜代子 (2006) 『日本語否定文の構造:かき混ぜ文と否定呼応表現』日本語研究叢書18, Frontier series, くろしお出版, ISBN: 4874243657

田窪行則氏が書かれた、まえがきを引用します。

 本書は、著者の片岡喜代子さんが九州大学言語学講座に提出した博士論文を全面的に書き直したものである。私は、片岡さんが九州大学言語学講座に研究生として入ってきたときから研究指導してきた。彼女は九州大学言語学講座の修士課程、博士課程に進学し、博士課程を単位取得退学し、私の京都大学への転任に従って、京都大学で一年間研究生としてすごした。私の公認として上山あゆみ氏が九州大学に赴任してからは、それ以前から私的に指導を受けていた上山氏の指導学生となり、この本のもととなった博士論文を仕上げている。
 片岡さんは、もともとスペイン語が専門で、スペイン語の副詞の分類について学士論文を書いている。その後、ご夫君の仕事の関係で中国で生活して、中国語の勉強をしたりして、一番下のお子さんが小学校に入ってから、当時私が勤めていた九州大学の言語学講座の研究生として入学し、さらに修士課程に進んでスペイン語の否定について修士論文を書き、博士課程とすすんだ。このころ、母語以外の言語で統語論の研究をすることの限界を感じて、主として日本語の統語論の研究に本格的に取り組むようになった。最初は、統語論の議論自体も、それを論文にすることも手探りで、自分の主張と他の論文の主張の違いが不明確だったため、何度も議論を重ねてきた。当時九州大学文学部は集中講義の枠が多く、毎年、世界を代表する生成文法の研究者が集中講義に来てくださった。片岡さんはそのような講義を受けて、もちまえの粘り強さと、信じられないうたれ強さで、すこしずつ知識をつみ重ねてきたのだが、そのなかに南カリフォルニア大学の傍士元がいた。傍士氏は、生成文法を厳密な実験科学として実践するためにはどのようにすればよいかを常に考究し、その具体的な方法を模索している研究者である。氏の方法論の特徴は明示的な理論を明示的に実証する方法を提示しようとしていることで、そのため、根気さえあればだれでも理解でき、だれでも行うことができる形で理論とその実証を示している。
 その後彼女はご夫君の南カリフォルニア大での滞在に伴い、訪問研究員として留学し、傍士氏の薫陶を受けることになる。彼女が劇的に統語論の本質をつかむための契機となったのは、2001年サンタバーバラのLSAで夏期言語学インスティチュートの際、南カリフォルニア大学の傍士元氏の元で統語論合宿とでもいえる訓練をうけたときであろう。いまにして思えば、彼女はそれまでの傍士氏の研究方法や研究態度を実感できるほどの成長をしておらず、彼女の研究能力が傍士(氏)の方法を理解できまで成長したのが幸いなことにちょうどこの時期であったと推察される。
 生成文法は言語を可能にする脳内の言語機能を研究し、そのメカニズムを研究しているとされるのだが、本当にこのプログラムを実践するためには何が必要であるのかを真剣に考え、実践に移しているのはそれほど多いとはいえない。傍士氏はそのうちの最も優秀で、もっとも真剣な研究者の一人であるといえる。
 言語現象のうち何が言語機能という計算メカニズムに関わるもので、何が他の認知メカニズムと関わるものかはアプリオリーには決められない。ある文がその言語の使用者にとって受け入れられるものかどうかの判断が、言語機能にかかわるような階層的文構造にかかわるものなのか、構造と無関係な語用論や世界に関する知識に関するものなのかは、その文に対してどのような構造を付与するかに関する理論を離れては決められないからである。つまり、言語機能を対象とする研究は、ある文が非文となるのかの判断、文法性判断そのものを研究の対象にせざるを得なくなるという宿命を持つ。このための方法としては特殊なものがあるわけではなく、文法性判断に寄与する構造的な要因を分離し、他の要因を固定して、一つの要因のみを変化させた最小対に関する判断を比較するという方法しかない。理論的な系として表現できる構造要因を最小可変要素として最小対を構成し、複数の要因の相互作用で理論予測として非文となる環境を特定化することで、文法性判断を厳密科学の実証実験とかわらないレベルにしようというのが傍士氏、上山氏の企図である。傍士、上山両氏の研究とその指導の場は、このためストイックな場となり、いわば武芸の道場のような雰囲気をかもし出す。私たちは、これを親しみを込めて傍士道場と名づけている。
 本書では日本語の否定呼応表現の構造を特定するという目的で書かれた。片岡さんの主張は実に単純で「「シカ」や「誰も」のような否定呼応表現は、否定辞を構成素統御する位置にあり、否定時の作用域にはない。この点で英語の否定辞の作用域にあることを認可条件とする any などのような否定極性表現とは異なる」というものである。彼女はこのほかに否定辞の作用域にある否定呼応表現の存在も認めている。この単純な主張は、しかし、これまでの日本語生成文法の標準的な主張とは真っ向から対立するものである。彼女は傍士流の方法を実に忠実に適用し、この主張の経験的実証を試みている。本書は彼女の傍士道場での修行の成果であり、その免許皆伝のためい提出されたものと理解できるだろう。傍士流は、実は、いわゆる通常の厳密科学の方法を文法性判断という内観に関する現象を扱えるようにしたものであり、経験科学としての生成文法の本来の目的を果たそうとするものである。従って、困難ではあるが、だれにでも開かれており、この本を読むことで、だれでも本来の意味での生成文法の実践方法を追体験し、経験科学としての生成文法が自分でも実践できる理論であることを実感できると信じる

条件表現の対照

いただきものです。

益岡隆史(編)(2006)『条件表現の対照』シリーズ言語対照〈外から見る日本語〉、くろしお出版, ISBN: 4874243614

第一部
第1章 条件表現研究の導入 有田節子
第二部
第2章 日本語における条件表現の分化
  ―文の意味的階層構造の観点から― 益岡隆史
第3章 条件表現の範囲
  ―古典日本語の接続助詞バをめぐって― 福田嘉一郎
第4章 韓国語条件表現 -umyen, -ketun, -eya
  ―自体の個別性とレアリティー― 奈良夕里枝
第5章 中国語の条件表現
  ―条件文における“了”の分布と意味― 下地早智子
第6章 タイ語の条件表現をめぐって
  ―日本語とタイ語の対照研究― 田中 寛
第7章 時制節性と日英語の条件文
  ―叙法と時制の観点から― 有田節子
第8章 スペイン語と日本語の条件表現
  ―叙法と時制の観点から― 和佐敦子
第9章 日本語学習者における条件文習得問題について ソルヴァン・ハリー
第三部
第10章 資源としての現実世界 定延利之
第11章 条件表現とは何か? 西光義弘