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2006年2月22日 (水)

梅原日本学?

梅原猛氏の「反時代的密語」(朝日新聞2006.2.21, 15頁)という連載エッセイに、「金田一理論の光と影」という見出しが上がっていたので、つい読んでしまいました。「金田一」という姓には、つい反応してしまいます。

今まで梅原氏の書いたものは一切読んだことがなかったのですが、いやはや、驚きました。「日本語はアイヌ語の祖先たる縄文語と、渡来した弥生人が使っていた言語の混合語である」という仮説のもと、現代日本語のさまざまな語彙がアイヌ語と同起源であることを示していくのですが、音韻論や形態論の基礎の基礎をまったく知らない素人語源説で、そのでたらべめぶりにはあきれるばかりです。学部の試験で「この記事の中に明らかな誤りはいくつあるか」という問題ができそうです。

この文章を読んで、清水義範の「序文」という小説を思い出してしまうのは、私だけではないでしょう(『蕎麦ときしめん』講談社 ; ISBN: 4062029960 ; (November 1986) 所収)。「日本語と英語は同系」と主張する言語学者のトンデモな著作の序文を順に引いていくことで、この学者の栄達と失墜を描くというおもしろい小説です。しかし「序文」は創作、梅原氏のエッセイは現実でしかも本気、朝日新聞の紙面を使って堂々と掲載されているのですから、頭を抱えてしまいます。

原文を引用するのも、時間の無駄という気がして、気が進まないのですが、そのひどさを知っていただくために一節を書き抜きます。

 私は、日本語の代表的な格助詞である「を(お)」および「へ」について、次のように考える。例えば「京都を発って東京へ行く」というとき、アイヌ語では「オ京都、エ東京」という。「オ」はお尻あるいは性器を指し、「エ」は頭あるいは顔を指す。つまり京都に尻を向けて東京へ顔を向けるという意味である。ところがこのような言葉が古代朝鮮語を話したと思われる弥生人によって使われるとき、この語頭にあった「オ」「エ」が語尾の位置に下り、助詞「を」及び「へ」になったと私は考える。

ここでは、「を」がワ行、「へ」がハ行であるという基本的な事項が検討されていないし、また「を」は出発点とともに経路を表すということがらも無視されています(出発点・経路の「を」と目的語の「を」の関係も問うべきであるが、ここでは目をつぶっておきます)。また「へ」の語源が「辺」という名詞である(という仮説が有力である)こと、文献を少し調べればすぐ分かることです(ちゃんと批判するためには、アイヌ語の側からも検討すべきですが、それだけの時間を費やすに足る対象とはとても思えません)。

結論が先にあって、それに合わせるために、現在までの真摯な研究を一切無視し、事実をねじ曲げるという態度は、「学者」からはほど遠いと言わざるを得ません。

なお、一言付け加えておきますと、私自身は縄文人のことばとアイヌのことばに関連があるという仮説については、否定するものではありません。しかし梅原氏の言説は、そういったまともな仮説の検討をさまたげこそすれ、決して補強するものではないのです。

おそらく、梅原氏の著作は、「歴史学」とか「日本学」とかいうものでなく、ファンタジーとして読まれるべきものなのだろうと思います(そうだとしても、あまり上手な作家とは言えそうもありませんが)。しかし世の中には、ファンタジーと現実を混同してしまうひとも往々にして存在するようなので、そこが大変心配です。

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