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2006年3月26日 (日)

新著

book_2309 私の書いた新しい本が手元に届きました。『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、ISBN:489476265X)と言います。日本語史の専門書なので、読み通すのはちょっと根性がいるかと思いますが、ご興味のある方、ぜひお手にとってみて下さい。

本書「あとがき」を下記に引いておきます。ご献本した方のお返事で、「内容はまだ見てないがあとがきに感動した」と書いてきた方がいらっしゃいました。

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本書のルーツは、一九七九年、在学していた東京大学大学院人文科学研究科での山口明穂先生の演習「あゆひ抄読解」において、私が「有倫(ありとも)」の項を担当したことに発します。古典語の「たり」を、里言(口語訳)においては「内外」(有生・無生)の区別に従って、「~ている」「~てある」と使い分ける、という記述(本書14・4・2節参照)に興味を引かれ、同時代の本居宣長の「古今集遠鏡」で例証を試み、その事実を確認しました。それをきっかけとして、「いる」と「ある」の使い分けと歴史的変化への関心が高まり、同じく山口先生の学部時代の演習(一九七七年)で取り上げられた「天草版平家物語」を使って、原拠本との対照により、変化の断面を切り取ることを思いつきました。この調査は、一九八一年三月に提出した修士論文「文の意味構造と〈有情・非情〉」へと結実しました。そして修士論文の成果をもとに、私の最初期の公刊論文である金水(一九八三a、一九八三b、一九八四)が生まれ、それが本書の基盤となった訳です。本書を生み出す重要な契機を与えてくださった山口明穂先生に、まずお礼を申し上げなければなりません。またもう一人の恩師・築島裕先生は、私を漢文訓読文の世界に導いてくださいましたが、そこから「ゐたり」と「をり」の文体的な対立という概念が導かれたわけです。そのアイディアはまず金水(一九八三b)で言及され、やがて本書第2部の大きなテーマとなりました。築島裕先生、山口明穂先生、ありがとうございました。

併せて、その当時演習や普段の学習においてさまざまなご意見を賜った諸先輩・後輩の皆様にも心よりお礼を申し上げます。特に、七七年の「天草版平家物語」演習でご一緒させていただいた工藤真由美氏には、当時ご研究中だった宇和島方言のアスペクトなどのお話から、アスペクトに対する関心を開いていただきました。言うまでもなく工藤氏のご研究は工藤(一九九五)に代表されるように、その後の日本語におけるアスペクト・テンス研究を牽引する立場に立たれたわけで、本書においても多大な学恩を賜っております。記して深く感謝いたします。

その後、一九九二年頃、仁田義雄先生より、ひつじ書房の「日本語研究叢書」第二期へ寄稿せよとのお誘いをいただき、存在動詞の歴史なら書けると思ってお引き受けしましたが、これが思いの外の難産となってしまいました。今思えば、私自身の研究の興味がさまざまな方向へと広がっていった時期でもあり、一冊の本をまとめるという集中力を欠いていたことが最大の原因であったかと思います。執筆作業に手を付けられないまま時間が過ぎ、その間に九五年の阪神・淡路大震災での被災、九八年の本務校の移動などが重なり、なお出版が遅れることとなりました。この度、二〇〇五年度の日本学術振興会の出版助成を得たことを弾みとして、ついに出版にこぎ着けましたが、それもこれも、ひつじ書房房主松本功氏が我慢強くねばり強く執筆を促されてきたからこそのことであります。松本氏には、心からのお詫びとお礼を申し上げます。また、最後の追い込みに担当者として伴走してくださった、ひつじ書房の編集担当の松原梓さんにもお礼を申し上げます。

さて、いささか言い訳めきますが、本書の執筆を思い立ってから今日までの回り道は、決して無駄であったわけではなく、この間に学んできた日本語史、意味論、統語論、語用論、計算言語学、社会言語学等の知識は本書にそれなりに反映されているのではないかと思います。予定通り書き上げていたら成っていたであろう本書の姿と、今日の現実の本書の姿とは、かなり異なっていたはずです。本書は、その意味で、私のこれまでの研究生活の集大成であると言えます(「役割語」も、実は本書で扱った「おる」の研究の中から生まれた概念であることを付け加えておきます)。私の満五〇歳の年に刊行がなったことも、単なる偶然を越えた意味を持つのでしょう。ここで、私が研究の道に進むことを許してくれた両親と、私の生活を支え、生き甲斐と張りを与えてくれた妻と二人の子供たちにも改めてお礼を申したいと思います。そしてここに名前を記すことができなかった方々も含め、貴重なご教示を賜り、私の研究を助けてくださった皆々様、本当にありがとうございました。

ともあれ、やっと本書を書き終え、私は今、積年の負債を返済し終えたような思いでいます。本書を足がかりとし、いざ、研究生活の後半戦へと旅立つことといたしましょう。

二〇〇六年二月 西宮の自宅にて

                                                             金水 敏記

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