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2006年5月18日 (木)

丸善

大学院の演習で、学生さんが『新説 八十日間世界一周』(ジュール・ベルヌ作、川島忠之助訳、明治11年〈前編〉・13年〈後編〉刊)を取り上げたのですが、その刊記に

「売捌書林 丸屋善七」

とあったので、

「あ、これが『丸善』の由来か」

と思いました。現在の丸善の、「社史」の部分にはこうあります。

1986/明治2年 創業者 早矢仕有的(はやし ゆうてき)は師事する福澤諭吉のすすめにより丸屋商社を横浜に創業、書籍・文具・洋品雑貨を販売。翌年日本橋現在地にも開店、創業の理想を掲げた『丸屋商社之記』にもある通り、元金社中(株主)と働社中(社員)で構成した株式会社組織を採用し、事実上日本の株式会社第一号となった

1871/明治4年 大阪店開設(明治32年に支店となる)

1872/明治5年 京都店開設(明治40年に支店となる。梶井基次郎著『檸檬』の舞台となった店)

1783/明治6年 慶應義塾経営の仕立局(洋服類)を引継いだ丸屋裁縫店、また丸屋指物店(洋家具店)も経営(共に銀座)

1874/明治7年 名古屋店開設(大正11年に支店となる)

(中略)

1880/明治13年 責任有限丸善商社に改組。貿易商会を興し、貿易振興に尽力。横浜正金銀行(現東京三菱銀行)創立にも参画

ここには、「丸屋」は出てきますが、「善七」は出てきません。早矢仕有的の通称なのかなんなのか、知りたいところですが、『丸善百年史』など根本資料を見てないのでなんとも分かりません。

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コメント

丸屋善七は早矢仕有的の通称のようです。以下、『日本人名辞典』(オンライン版)からの引用です。

早矢仕有的
1837‐1901
明治時代の実業家。
天保(てんぽう)8年8月9日生まれ。開業医。のち福沢諭吉に師事。明治 2年横浜に書店丸屋,翌年東京日本橋に丸屋善七を開店し,はじめて洋書を輸入,洋品販売や出版も手がけた。13年丸善商社(のちの丸善)とし,社長となる。明治34年2月18日死去。65歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。本姓は山田。通称は善七。

投稿: emodoran | 2006年5月18日 (木) 18時06分

emodoranさま、ありがとうございました。よく分かりました。

投稿: SKinsui | 2006年5月18日 (木) 22時33分

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