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2006年6月 6日 (火)

モリアオガエルと交信

ここの記事に関連し、3年前に書いた、短いエッセーを再録しておきます。

金水 敏 (2003) 「法鼓台のモリアオガエル」高山寺典籍文書綜合調査団(編)『千恵御住職頌寿記念 栂尾抄』pp. 73-75

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法鼓台のモリアオガエル

                                金水 敏

 モリアオガエルは日本の固有種で、多く山間部に生息しています。高山寺にも多数住み着いているようです。「ようです」と曖昧な言い方をしているのは、実は一度も姿を見たことがないからで、しかし声はよく聞くことができます。夏の調査の折り、作業に飽いて法鼓台の前の池のほとりで一息ついていると、「クルルルルル…、コロロロロロ…」と鳴き交わす声が耳に心地よく響いてきます。蜩の涼しげな鳴き声とともに、夏の高山寺を象徴する音と言ってよいのではないでしょうか。それと、このカエルに非常に特徴的な、卵を、やはり法鼓台の前の池の上で見たことがあるような気がします。モリアオガエルは、池や湿地にかかる木の葉に粘液で泡の固まりを作り、この中に卵を産み付けます。卵は泡の中でかえり、オタマジャクシは泡の中から下の水面にぽとり、ぽとりと落ちていくわけです(多くのオタマジャクシは、下で待ちかまえている魚やイモリのごちそうになる運命にありますが…)。

 カエルが鳴くだけだったら、何の変哲もないお話ですが、実は私は法鼓台のモリアオガエルと、コミュニケーションを交わすことができます。このことに気づいたのは、私が高山寺の調査に初めて参加した、昭和五七年の夏のことでした。先ほど書いたように、調査の合間にモリアオガエルの声を聞いていて、ふと、この声を真似することができるのではないか、と思いつきました。本当のところ、何でそんなことを思いついたのか、今となってはよく分からないのですが、その方法というのは次のようなものです。

 調査の一環として、毎回、典籍文書の写真撮影をしていますが、撮影には専ら「ネオパン」という富士フイルム製のモノクロ・フィルムを用いています。このフィルムは、通常の三六ミリ・フィルムと同様、一本一本が半透明で円筒型ののプラスチック・ケースに収められています。ケースにはもちろん蓋がはめてあって、この蓋のふちには、開けやすいようにギザギザが刻んであります。法鼓台の片隅にしつらえられた撮影台の回りには、この白っぽいフィルム・ケースがごろごろしている訳です。私は、このフィルム・ケースを手に取り、蓋のぎざぎざで、円筒形のケースの空いたほうの縁を、何の気無しに擦ってみたのでした。何となく、そうやったらカエルの声に似た音が出るような気がしたのです。まさしく、そのとおりでした。柔らかめのケースの縁に、蓋のギザギザが擦れると、「コロロロロ…」と軽やかな音がしました。その音はケースの空洞に反響して、思いの外の大きさで響きました。そしてこの音は、モリアオガエルの鳴き声に、実にそっくりなのでした。人間が聞いたところ本物にそっくりのこの鳴き声が、果たしてカエル本人に通じるものか、私は半信半疑で池の前に出て、フィルム・ケースをそっと鳴らしてみました。
 コロロロロ…
すると、間髪を入れず、池の向こうの林の中から、
 クルルルル…
と声が帰ってきました。偶然かと思ってもう一度鳴らしてみると、やはり返事が返ってきました。フィルム・ケースの音に反応していることは間違いないようです。私は軽い興奮を覚え、しばし、カエルとの交信にふけったことでした。調査にいらっしていた月本さんや近藤さんにも、カエルがちゃんと反応していることを確かめてもらいました。

 お話は、これだけです。交信といっても、カエルがフィルム・ケースの音を愛の呼びかけと聞き取ったか、なわばりを侵す怪しい同類と思ったか定かではなく、こちらの独り合点で楽しんだだけなのですが、何となく「自然とふれあった」という気がして、大変満足したものでした。一頃ではうるさいほどに鳴いていたモリアオガエルも、近年ではめっきり少なくなってきたようで、寂しい限りです。

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