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2006年7月 6日 (木)

盗賊語

ここでご紹介した菊澤季生『国語位相論』は、なかなか興味深い内容をもっているのですが、そのなかに「盗賊語」の紹介があって、盗賊語のなかに「逆置」語があると書いています。逆置とはつまりズージャ語なんですね。

浪花の洒落言葉、音楽家の楽屋言葉等として知られるこの造語法が、盗賊語としても用いられていた、あるいは認識されていた点がおもしろいと思います。

適宜、引用しておきます。

盗賊語はこの様に忌避隠蔽の最も甚だしいものでありますから、隠語なる言葉に最もよく適合するものでありまして、その研究としては、前田太郎氏の「外来語の研究」(大正十一年四月)に収めた「隠語の話」(一八五―二二五頁)等があり、その語彙集録の主なものには、
  稲山小長男「日本隠語集」(明治廿五年)
  高芝羆「隠語輯覧」(大正四年)
  南霞濃「隠語総覧(チョーフグレ)」(昭和五年)
などがありますが、隠語の主体は盗賊・陶摸(スリ)・香具師等であることが分ります。
   (中略)
而して、盗賊語の語彙を観察した結果、これを最も要領よく分類したものは、「チョーフグレ」の総論に紹介せられた南波杢三郎氏の「犯罪捜査法」に於けるものでありませう。即ち、盗賊語の成立方法は、(一)逆置、(二)省略、(三)形容、(四)擬人、(五)擬動物の五種となるのであります。
 盗賊語の語彙中、最も顕著な特徴を示すものは、逆置の方法によるものであります。これは、その単語の音配置を逆置したものでありまして、その方法は極めて簡単でありますけれども、而もその結果は普通人には容易く察知し得ないものとなるのであります。これは、所謂「せんぼ」として江戸時代に記録されたものにも見え、
  口  ちく     年寄  よりと
  顔  おか    大屋(家主) やおほ
などがそれであり、明治以後のものにも頗る多く現はれ、
  種  ねた    本屋  やほん
  姫  めひ    英語  ごえい
  銭  にぜ    判事  じはん
  紐  ぼひ    石鹸  ぼんしや
  筆  でふ    袋物  ろつぷく
  安い すやい  神祭  つりま
  旅  びた    活動写真  どうかつ
  硝子 すがら  拘留  りゆこう
  洋傘 もりこう  神官  ぬしかん
 序ながら、この種類の方法は外国語に於ても見られ、例へば英語ではこれをback slangと呼び、その実例は、明治二十年に刊行された村松守義著「英和双解隠語語彙集」にも既に見えてゐるのであります。
  Cool    (見る to look)
  dab     (悪を bad)
  deb     (寝床 bed)
  delog   (金 gold)
  efink   (小刀 knife)
  elrig    (少女 girl)
  slop    (巡査 police)
  erth    (三 three)
これに就て面白く感ぜられるのは、英語に於ては、音素を単位とする全然の逆置であり、我が国語に於ては成音(音節)を単位とする全部又は部分的逆置である点であり、此処にも両国民の音声意識の相違が伺はれる様であります。(60-63頁)

英語の逆置の例が述べられている点が大変面白いです。なお、フランスでも、移民の若者たちがこの種の逆置語を使っているそうです(フランス人の留学生のレポートで知りました)。

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