音と訓
昨日、大阪YWCAで、ここにアップした教材を使って漢字音について説明しました。
講義のあとで、一人の受講生の方が、「ちょっと混乱してきたので質問したいのですが……」と近づいてこられて、「別の授業で、「連濁」について習ったとき、もらった教材にこんなことが書いてあって……」と、プリントを見せてくれました。
なお、連濁というのは、「べんきょう+つくえ」が「べんきょうづくえ」になるように、二つの単語が複合するとき、後続の単語の語頭の清音(カ・サ・タ・ハ行)が濁音(ガ・ザ・ダ・バ行)化する現象です。
そのプリントには、
漢語や外来語は連濁を起こさない
という見出しがあり、その例として
「か(蚊)」
が挙げられていたのです。「アカイエ蚊(赤家蚊)」「ヤブ蚊(藪蚊)」等の語例が挙げられており、これらの例で「か」が「が」にならないのは、「か(蚊)」が漢語だから、というのですね。
わが目を疑いましたが、どうも、そうとしか読めない文脈でした。ついさっきの授業で、私は
「か(蚊)」は字音と間違えやすいが、訓である。「蚊」の字音は「ぶん」である(例:飛蚊症)。
と説明したばっかりだったのですね。そりゃあ、学生さんは混乱しますよね。これは、そのプリント(なにかのテキストのコピー)が間違っています。
あとで、どこのどなたの書いたテキストなのか、確かめればよかった、と思いましたが、とにかく勘違いも甚だしいです。著者が分かれば、投書してあげるのですが。
ところで、「か(蚊)」が和語であるにもかかわらず、連濁を起こさないのは、それ自体は面白い問題です。すぐ思いつくのは、「が(蛾)」と紛れることをさけるため、という説明で、それはそうかもしれませんが、「蛾」は当然漢語なわけで、日本には後から入ってきた語のはずです。「か(蚊)」の連濁(の阻止)と「蛾」の受け入れの先後関係が気になります。
ついでに言うと、「漢語が連濁を起こさない」というのは必ずしも正確ではなく、漢語の連濁のために「新濁」(「本濁」に対して)という用語があるくらいです。外来語(カタカナ語)は確かに、連濁を起こした例を聞かないですね。
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コメント
こんにちは。音訓表,興味深く拝読しました。じっくり勉強したいと思います。
さて,外来語が連濁しないというときに,概説書などでは古くからの外来語は「和語化」することがあるとして「雨ガッパ」なんて例が必ず出ていますね。(その類推?「コート」は近代以降の外来語だと思うのですが,和服用の雨の日用のコートは「雨(あま)ゴート」と必ず連濁する。)
漢語に比べれば,外来語におけるこうした「和語化」(くうさん氏のコメントにある「振る舞いの変更」)の例はうんと少ないのでしょうが,個人のブログの中にこんな例を見つけました。
ガラス+ケース→ガラスゲース
http://www.h7.dion.ne.jp/~henro/oedo2.htm
数多くの「ガラスケース」の中,1例だけなので単なるミスと言えるかも知れません。でも実は,これは私が聞いたことがあって,予測して検索したらヒット。
他にも
古+タイヤ→古ダイヤ
http://blog.livedoor.jp/ajt_yangon/archives/cat_530029.html
古タイヤがダイヤ(モンド)になるのならなんて素敵!
(しかしこの記事の中でも,もう一例は「古タイヤ」)
そのほか「海底ドンネル」「両面デープ」など前部要素が非外来語(相当)のもの,結構いろいろ出ます。
これらを「ゆれ」と見るか「誤植」と見るかですが,わたしは「ゆれ」と見たい。公的な書き言葉にはこうしたゆれは出にくいでしょうが,私的な場で,日常割とよく耳にします。
連濁の問題でなくなってしまうけれど,ギャグとしてのかけことばや個人的語源解釈の場などでも,外来語も含めて清濁の対立が無化しますよね。
むしろ連濁に特化しないでそういう視点で見るべき現象かも知れませんが。
投稿: azu | 2006年11月 4日 (土) 02時26分
azuさま、興味深い例をいろいろ挙げていただいて、ありがとうございます。こういった、外来語の連濁の使用者には、方言差や年齢的な特徴はないんでしょうか。気になるところです。ご承知のように、関西では連濁化の傾向が強く、「ろうどうぐみあい」「おみそじる」などの語例を耳にします。ただ、挙げていただいたような外来語の例は気付きませんでした。
投稿: SKinsui | 2006年11月 4日 (土) 08時04分