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2007年2月11日 (日)

テレビと科学

昨日、テレビのチャンネルをあちこち見ていたら、不意に女性アナウンサーがまじめくさった顔でお詫びのメッセージを淡々と告知しているシーンが映し出され、思わず手が止まりました。TBS制作の「人間!これでいいのだ」という番組です。ホームページにメッセージの全文がありましたので、転載します。

「頭の良くなる音」についてのお詫び
 2月3日、この番組で扱った、2000年に発表された「ハイパーソニック・エフェクト研究」について、不適切な扱いがありました。
 企画立案の当初、研究チームの方々に対し、本企画に関するご協力と研究内容のご紹介をさせていただくようお願いしましたが、丁寧なアドバイスとともにお断りを頂きました。
 こうした経緯があるにもかかわらず、今回の放送でこの研究を取り上げ、研究チームに無断で制作を進める過程で、不適切な扱いが生じ、研究に対する著しい誤解を導きました。特に、画期的な事実の発見とともに実験の厳密性を大きな特徴とし、現在国際学会で最高度の注目を集めている貴重な研究への評価、信頼性、応用可能性、及び研究者の皆様の名誉を著しく傷つけてしまいました。関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。
 今後は、この研究の真価を正しく伝えて社会に広がった誤った認識を改めるために、その評価、信頼性、名誉を回復する情報発信に最善を尽くします。
 また、この番組の制作にあたり、データの捏造などはなかったと考えておりますが、番組内で「頭の良くなる音」と断定的にお伝えするなど、行き過ぎた表現から視聴者の皆様の誤解を招くこととなりました。
視聴者、関係者の皆様に深くお詫び申し上げます。

一連の「あるある」事件に刺激され、報道ですっぱ抜かれる前に先手を打ったものでしょう。たぶん、関わった研究者から、クレームがあったのだと思います。

私の専門は国語学・言語学で、自然科学とは若干ニュアンスが異なる部分もありますが、「研究チームに無断で制作を進める過程で、不適切な扱いが生じ、研究に対する著しい誤解を導」くような扱いをされたケースは、私の回りだけでも枚挙に暇がありません。制作者の不勉強による意味不明の問い合わせ、研究者の意図に反する結論や不正確な引用などに不快な思いをさせられた友人・知人の事例が複数存在します(一例として、ここ)。

テレビ特有の表現形態もあり、多少のことは笑ってすませてもいいのですが、「研究の真価」が「正しく伝」わらずに「誤った認識」を「社会に広」げられるという構図は、分野の境を超えて共通の問題が横たわっているように思われ、そういう意味では軽々に看過することもできないように思われます。テレビ番組が、視聴率獲得にばかり気を取られるあまり、視聴者の科学的判断を曇らせ、健全な思考の育成を妨げる方向にばかり向かっているのであれば、いずれ研究者は何らかのアクションを起こさざるを得ないでしょう。

関連して、私の身に降りかかった事例について、ご報告しておきます。某局で今も放送中の、日本語をテーマとしたバラエティ番組です。私はこの番組の司会を務めるタレントの言語感覚の鋭さに敬服しており、研究のヒントをもらうことも度々ありました。その番組の制作者から、去年の8月、電話がかかってきました。私の知人で、某国立大学の教授から紹介されて、電話をかけたと言っています。当初、私としては、好きなタレントに関われるということで、結構「うきうき」だったのですが、電話のポイントは次のようなものでした。

  1. 役割語の語源は何か。誰が考えたのか。
  2. 番組としては、「キャラ語」という言葉を使いたいが、どう思うか。
  3. 「キャラ語」の例として、たとえばアントニオ猪木だったら「1,2,3、ダァー」のように、その人物がいかにも言いそうなせりふというのを考えていて、それをタレントにあてさせる、といったゲームをしたい。

1については、意図がよく分からなかったのですが、私がを書いた経緯などを話しました。2と3については、私は「キャラ語」を別の意味で使いたいと思っている旨を伝え、また3のような「物まね語」は役割語と関係ないとは言えないが(特定個人の特徴的な話し方が、その個人が属するカテゴリーの属性として認識されるにいたる場合もあったりするので)、それを扱う限りでは役割語とは別物と言わざるを得ず、そうであるならば、独自に「キャラ語」という概念でそういった物まね語を指すことについては、勝手にやってもらえばいい、と伝えました。そうすると、相手は、

それでは(某教授)と相談して、やらせていただきます。

と言って電話を切りました。

2週間ほどして、テレビ欄にその番組の告知があり、どうやら「キャラ語」が放送されるらしいことを知りました(私には、最初の電話以来、一度も連絡無し)。朝刊と夕刊のテレビ欄の見出しは、下記の通りです。

8月15日朝日新聞朝刊「タモリのジャポニカ/キャラ言葉」

8月15日朝日新聞夕刊「「タモリのジャポニカ/超有名キャラから学ぶ爆笑役割語」

「役割語」と出ているのが気になります。番組を、複雑な思いで、見てみました。冒頭から、お茶の水博士の「博士語」やら、お蝶夫人の「お嬢様語」やら、明らかに拙著からの引用と思われる例を提示し、こういう、キャラクターと結びついた話し方を「キャラ語」と命名します!と断言していました。そのあとで、電話でも言っていたような物まね語も「キャラ語」として提示し、クイズ形式の遊びをタレントにやらせていました。某教授は、番組の折々に出演し、「キャラ語」について解説し、タレントの解答を評価していました。最後まで、拙著や私の名前は一切(テロップも含め)提示されることはありませんでした。

この番組でやったことは、拙著から引用した「役割語」の概念と、「物まね語」を合体させ、「キャラ語」という用語で覆って提示するということで、私の考える「役割語」と別物と言えばそうです。このような形で私の名前が出されても、困るところがあります。かといって、部分的には私の考えも生かされ、それを踏まえて、どちらかといえば改悪されているわけで、事前の説明も極めて不十分ですし、全体として私は大いに不満かつ不愉快です。

特に残念なのは、何冊も言語学の解説書を出している立派な国立大学の研究者が、このようにアンフェアな提示の仕方に全面的に関わり、我が物顔に番組を取り仕切っている構図が見えてしまったことです。私は、この先生が関わっているから、そんなにひどいことにはならないだろうと思って制作者に一任した訳で、完全に裏切られた思いがしました。

(私は、この教授と絶交しようと思いましたが、もともとそんなに親しくなかったので、絶交してもあまり効果がないようです)

日本語関係の番組が増えることにより、多くの方々が日本語に興味を持ち、そのおかげで我々研究者が潤っている部分もなきにしもあらずですが、私がそういった番組を見る限り、たいていは噴飯もので、見るに堪えない内容が圧倒的に多いです。自然科学はもちろん、言語学でもその他の分野でも、同様のことは頻繁に起こっていると想像されてしまいます。娯楽性と、健全な科学的精神をうまく両立させるような番組作りというのは、確かに難しいことだろうとは思いますが、今の多くのテレビ番組制作者は、そのような取組を最初から放棄しているのではないでしょうか。残念ながら、そのように思われてなりません。

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コメント

大変耳の痛い話で、心して仕事したいと思います。

最近の事態のため、「業界」の一部では「過剰反応」が起きていて、まったく問題のないものまで「自粛」しようという空気になっています。
例えば「ビタミンB1が脚気に効く」という「常識」だと思われている事柄までも控えようというような…。

それだけ問題が大きかった、ということですが、いい傾向とは決して思えません。

投稿: Lionbass | 2007年2月11日 (日) 12時34分

金水先生のご意見に全面的に賛成です。みんな思っていることですが、よくしっている自分の仕事の専門に関する報道を見ていると、いつも、間違い、勘違い、不適切な記述が多いのにあきれてしまいます。そのため、ほかの部門の報道もきっと間違いだらけなんだろうと感じています。根本的に、報道機関は時間の制限があるので、じっくりと対象を咀嚼し、理解し、対立意見をも鑑みることはできないのでしょう。不確かな早さだけを競った報道よりも、より確かな遅い報道の方に価値を認めるように社会が成熟することを望みます。

投稿: ビルエバンス | 2007年2月11日 (日) 21時28分

Lionbassさま、ビルエバンスさま、コメントありがとうございます。
大変重い問題なので、さらに動向を見守りながら、いろんな人と話していきたいと思います。
ビルエバンスさんには、アメリカの科学報道の状況について伺ってみたいです。

投稿: SKinsui | 2007年2月11日 (日) 22時28分

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