春の雪
仕事をしながら、期待せずにBSフジでやっていた「春の雪」(監督:行定勲、出演:妻夫木聡、竹内結子)を見ました。
原作は読んでいません。三島由紀夫が、食わず嫌いなもので。
案外、良かったです。丁寧に作ってあったと思います。
許されざる恋という設定に、少し胸がうずきました。少年時代、そういうシチュエーションにちょっとだけ憧れていました。
見ていて思いましたが、清顕(妻夫木聡)の役どころは、
ツンデレ男
ですね……
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仕事をしながら、期待せずにBSフジでやっていた「春の雪」(監督:行定勲、出演:妻夫木聡、竹内結子)を見ました。
原作は読んでいません。三島由紀夫が、食わず嫌いなもので。
案外、良かったです。丁寧に作ってあったと思います。
許されざる恋という設定に、少し胸がうずきました。少年時代、そういうシチュエーションにちょっとだけ憧れていました。
見ていて思いましたが、清顕(妻夫木聡)の役どころは、
ツンデレ男
ですね……
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日本文学 二重の顔
〈成る〉ことの詩学へ荒木浩 著
(大阪大学大学院文学研究科教授)大阪大学出版会
四六判・並製・350頁
定価2,100円(税込) 本体2,000円
ISBN978-4-87259-235-1[2007]
同僚のA先生、柳風子こと荒木浩氏の、上記の著作が、第2594回「日本図書館協会選定図書」に選ばれました。
「日本図書館協会選定図書」とは、日本図書館協会より任命された各専門分野の選定委員約 50 名が、現物一冊一冊に必ず目を通し、公共図書館に適している本として選択するもので、年間 6 万点以上の新刊本のなかから平均 16 パーセントの書籍が選定図書に選ばれているとのことです。
慶賀の至りです。これを機に、一人でも多くの方がこの本を手に取られることを祈念します。
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柳風子さまのブログを拝見していて、
風邪薬のコマーシャルはともかく、
風邪を歌った歌、というのは、案外、ないのでしょうか。
「心が風邪を引いたようで」という歌は、
比喩としての風邪ですし。
…と書きましたが、
あくまでタイトルの問題として、です。
内容に風邪を歌った歌など、たくさんあるような気もしてきました。
とあるのを読み、一つ思い出したことがありました。globe の DEPARTURES という歌に、次のような歌詞があります。
前髪が伸びたね 同じくらいになった
左利きも慣れたし 風邪も治った
随分流行った歌ですが、この歌詞を見て、「何と詩的緊張感のない言葉の羅列だ!」と憤りを覚えたことを記憶しています。作詞はもちろん、小室哲哉です。(全歌詞はこちら)
さて、uta-net の歌詞全文検索で「風邪」を読み込んだ流行歌を検索したところ、174曲ありましたが、ポップス・ロック・フォーク系と演歌系で扱いが異なるようです。前者では、概ね比喩的に用いられているのに対し、後者では、パートナーや家族に「風邪を引くな」などと気遣う、情愛の表現として使われる傾向があると見えました。
前者の例:
※ナポレオンが 風邪をひいた夏
そっと 唇に キスしてごらん
※治(なお)っちゃうから
(ナポレオンのくしゃみ
歌:少女隊
作詞:秋元康
作曲:後藤次利)始発を待つ駅のホーム
雨が吹きこむよ
クシャミひとつ カッコつけ過ぎて
風邪をひきそうさ
(辛口
歌:陣内孝則
作詞:松本隆
作曲:織田哲郎)Sea side blues風邪でもひきたいね
Sea side blues フラレタ記念にさ
Sea side blues 今夜の この俺は
(センチメンタルに首ったけ
歌:TUBE
作詞:三浦徳子
作曲:鈴木キサブロー)
後者の例です。
今日はお前の 花嫁姿
贈る言葉は ないけれど
風邪をひかずに 達者で暮せ
(娘よ
歌:芦屋雁之助
作詞:鳥井実
作曲:松浦考之)馴れぬ暮らしの 冷たい部屋で
風邪などひかずに ねえあなた
(ふたりの絆
歌:川中美幸
作詞:鳥井実
作曲:聖川湧)
さらなる詳しい分析は時間の都合で断念いたしますが、それにしても小室の歌詞のだらしなさは目を覆うものがありますね。
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「ぴあのピア」という音楽番組で、ここのところ、ショパンをずっと取りあげています。
「ショパン、ショパン、ショパン……」と、心の中で繰り返していると、ふっと、
ショパン3世
というフレーズが浮かんできました。何の意味もないんですけど、「ルパン3世」に似ていておかしいです。「ルパン3世」のオープニング曲を
♪ショパン・ザ・サード!
なんて、口ずさんでみたり。
ポーランド貴族の血を引く、ピアノの詩人にして、謎の大泥棒……なんてね。
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三倉茉奈・佳奈(みくら まな・かな)という双子のタレントがいます。私の非常勤先のK学院大学に通学中とのことですが、残念ながら見たことがありません。
さて、彼女たちの名前、「真名・仮名」のもじりではないか、との説があります。「仮名」とはもちろん、片仮名・平仮名、そしてそのもとになった万葉仮名のことですが、「真名」とは、表意文字としての、本来の漢字のことをそう呼んでいた、伝統的な概念です。もし「真名・仮名」が踏まえられているとしたら、大層、古典の教養にあふれた命名といえるでしょう。
さて、彼女たちの名前を少しいじって遊んでみます。「まな・かな」の「な」を、ナ行五段活用により「ね」に変えて、「まね・かね」にすると、英語の money、日本語の「金」に通じるわけです。
名字も変えて、
大蔵まね・かね
などとしてみると、随分景気のいい響きではありませんか。
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『こんなにも面白い日本の古典』
角川ソフィア文庫 SP347
著者/訳者名 山口博/〔著〕
出版社名 角川学芸出版 (ISBN:978-4-04-406901-8)
発行年月 2007年02月
サイズ 251P 15cm
価格 700円(税込)
名前を知っていても、だれもちゃんと読んだことのない日本の古典を、現代的な問題に引き付けながら魅力たっぷりに紹介しています。目次をご紹介します。
プロローグ――伏字にくらんだ少年
万葉集 生活のアンソロジー
竹取物語 ガンダーラの秘宝
宇津保物語 王朝アラビアンナイト
大和物語 老人介護地獄
源氏物語 姦通そして老人ホーム
枕草子 虚構の家
池亭記 平安土地白書
栄花物語 王朝ホスピス
今昔物語集 女の魔性
小倉百人一首 和歌は世につれ
撰集抄 アンドロイド閣僚
宇治拾遺物語 知恵者の恋
能 戦いは悪業
奥の細道 覗機関奥之細道
好色一代男 雪江戸郭夜話
懐硯 帰ってきた夫
浮世風呂 教育ママにゆとりのパパ
エピローグ――華氏四五一度
なかなか魅力的なタイトルだと思いませんか。筆者の筆力はなかなかのもので、どんどん引き込まれました。古典に縁遠い人も「一度読んでみたい」と思うかも知れないし、知ってる人でも、あらためて作品の魅力に気付かせられることでしょう。すぐ読めるから、ぜひどうぞ。
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私の同僚の荒木浩さんが、昨年11月にハーバード大学を訪問されていて、ご自分のブログに滞在記を書いておられます。
私ののような幼稚な記録ではなくて、とてもリリックで味わい深く、深い教養が感じられる文章です。ぜひお読み下さい。
柳風子ブログ
ハーバードだより その1
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Harvard 来たぜ、マサチューセッツ、ということで、ハーバード滞在の1週間でした。
4月30日(月)
13:05発(12:55に変更されたが)のノースウェスト70便で、まず、デトロイトへ。乗り込んでびっくりしたのが、ビール、ワイン等のアルコール飲料が、5ドルの有料になっていたこと。あとで聞いたらユナイテッドもそうらしい。多分、日本航空はまだただで飲めるはずだが。映画は、まじめに見たのが「007 カジノロワイヤル」。まあ、くだらなかった。
デトロイト空港で、入国審査を受ける。比較的スムーズ。乗り継ぎ便の出発まで2時間近くあったので、サンドイッチを食べ、うつらうつらしていた。思い出したが、デトロイト空港は、2003年にミシガン州立大学に行ったときにも経由で来たことがある。デトロイトからボストンまでは2時間ほど。ボストンの空港で少しまごついたが、Tラインのシルバーラインという線に乗り込む。Tというのはボストンの地下鉄の事で、ところがシルバーラインだけはまったくバスそのもの。バス停で乗り込むということが、しばらく分からなかった。ガイドブックには1ドル25セントと書いてあったのに、2ドルに値上がりしていた。サウス・ステーションでレッドラインに乗り換え(これはほんとの地下鉄)、Harvard 駅で下車。Harvard Square という場所に出、地図を便りにしばらく歩いて、19時ごろ、宿舎であるThe Inn at Harvard に到着。疲れた。432号室に入り、シャワーを浴びて一休み。なかなかの高級ホテルで、料金も少しお高め。夕食に出て、Harvard Square そばのメキシコ料理のファースト・フード店に入り、ブリトーを食す。ボリュームがあって満腹。帰って、コンピュータの接続状況を確かめ、メールチェックなどし、テレビを見る。電話がかかってきたが、Harvard 大の日本語の先生で、今回私を呼んで下さった、ヤコブセン先生だった。明日は空いているので、昼食でもいっしょに、というお申し出だったが、明日は一人で行動する旨お伝えする。3日の昼をごいっしょすることになった。
(写真は、Harvard Square から見るThe Inn at Harvard)
5月1日(火)
早朝に目覚め、パソコンで、持ってきた仕事を少しずつ進める。8時過ぎ、腹が減ったので、ホテルの向かいのダンキンドーナツに入る。ボストンはダンキンドーナツ発祥の地だそうで、やたらと店舗が多い。コーヒーと、ベーグルのホットサンドを買って、ホテルに帰ったらちょうど掃除をしていたので、またダンキンドーナツに戻って、店の中で朝食。隣のテーブルでゲイのカップル(おじさんと若めの男)がいちゃついていた。
Harvardの学内を歩いてみようと思い、Holyoke Centerという建物の中の大学インフォメーションセンターで、日本語のガイドマップを購入。Harvard Yard という古いキャンパスは、Oxford ほどではないが、歴史的な建物が多く、落ち着いた雰囲気で気持ちがいい。 お昼は、Holyoke Center 内の Au Bon Pain というパンとファースト・フードのお店で、エビのケイジャン風どんぶりを買い、ホテルで食べる。このAu Bon Pain もポピュラーな店で、あとでケンブリッジとボストンの至る所で見かけた。
夕方、日本から来た研究者のI氏と合流。二人で、ダンキンドーナツの隣にあるパブで食事。明日の観光をごいっしょすることにしているので、その打ち合わせをする。
(写真は、Holyoke Center の前。Au Bon Pein が見える。)
5月2日(水)
夜中に結構雨が降っていた。朝になると、小やみになったが、まだぱらついていて、外は寒そう。
朝8時半頃、I氏とホテルを出て、Au Bon Pain で朝食。T に乗って、Park Street で下車、Boston Common という公園を出発点に、Freedom Trail という観光コースを歩き始める。時折雨がぱらつき、傘を買うべきか、心配する。
この Freedom Trail は、公道に赤い線(ペンキやレンガなど)が引いてあって、その線通りに回るようになっている。アメリカ独立前夜から独立宣言前後までの、アメリカ人にとっては心躍るエピソードに登場する人物や場所が次々と現れる。が、アメリカ史に暗いものにとっては、今ひとつぴんと来ない。ひたすら、知らないアメリカの町をハイキングして回るという気分。途中の Faneuil Hall Market Place というところは、賑やかなショッピングモールのはずだが、平日の朝の10時過ぎでは人通りも少なく、寂しい限り。やがてノースエンドのイタリア人街を通り抜け、チャールズタウン橋を渡り、コンスティテューション号という軍艦を見て、クライマックスのバンカーヒル記念塔へと登っていく。記念塔はてっぺんまで階段で登れるのだが、その元気はもうなかった。
チャールズタウン橋を歩いて戻り、途中で右に折れてノースステーションの駅から T に乗って、Arlinton 駅へ。Legal Seafood という有名な店で、クラムチャウダーを食べるため。歩き疲れて、暑かったこともあって、ビールを頼んでしまった。チャウダーはとてもとてもおいしくて、もっと食べたかった。いっしょに頼んだカラマリのフライ(つまり、イカリングフライ)は、味付けが少し濃かった。
食後、再び T に乗って Museum 駅へ。駅前にボストン美術館があるのだが、水曜日の4時以降は任意の寄付だけで入れるということで、時間稼ぎに、まず近くにあるイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館に入った。富豪の未亡人の私邸を用いた個人美術館だが、中庭がとても美しく、天国的。展示はあまり系統だっているわけではなく、ほんとに私邸の中を巡っている感じ。
どうしても時間がもたなくて、4時前だったが、ボストン美術館に入った。一応全てのコーナーを踏破したのだが、時差と歩き疲れとビールのため、途中で猛烈な睡魔に襲われ、歩いていて膝が崩れる思いがした。何を見たのか、よく分からない状態だった。そんな中でも、日本コーナーが思ったほどでなかったという印象は残った。
くたくたになってホテルに戻り、食事に出るのもおっくうだったが、なんとか Harvard Square まで出て、少し迷って中華レストランに入った。実は、同僚の A 先生に「ハーバードの近くの中華はまずい」と聞いていて、ためらわれたのだが、何かお腹に優しいものを入れたくて、敢えて入った。近辺には「香港」という店と「燕京」という店と2軒あって、前者は本当に薄汚くて客もまばらだったのに対し、後者はそこそこ客が入っていることを確認していたので、「燕京」を選んだ。海鮮湯麺と特製炒飯を食べたが、やはり感心はしなかったものの、そこそこ食べられた。あとで地元の人に聞いたら、やっぱり「香港」はひどいらしい。
5月3日(木)
午前中、仕事をして、12時ホテルのロビーでヤコブセン先生とI氏と合流。まずキャンパスの中を案内して下さったあと、Faculty Club でランチをいただいた。とても立派で風格のある建物で、さすがハーバードという感じ。昼は、ビュッフェ形式の食事になっていた。
食後、Edward O. Reischauer Institute まで連れて行ってもらい、まずコンピュータの接続を確認した。事務面でサポートして下さっている、Institute の職員の Stacie Matsumoto さんともお会いした。会場は、演習室と講義室の中間くらいの広さで、中央のテーブルを囲むようにレイアウトされていた。
(写真は、Edward O. Reischauer Institute)
一旦ホテルに戻り、3時半に再び Institute に来て、事務手続きをしたあと、4時過ぎに、講演を行った。今日は、Harvard と近辺の日本語教師が中心の会で、30人くらい集まっただろうか。その中には、久野すすむ(日偏に章)先生もいらっしゃった。2004年に神戸の学会でお会いしていらいだが、お元気そうだった。ハーバード大に長くお勤めで、今は完全にリタイアされているという。
講演は、日本語で、「おる」の歴史について話した。時間配分を間違えて少し長くしゃべってしまい、聴衆には辛かったかと思う。
終わったあと、何人かの方と個人的にお話ししたが、そのお一人は、伊藤さんといい、ずっと以前に神戸YMCA で日本語教師養成講座が始まったときの一期生で、私の講義も受けたことがあるという方だった。その後、寺村先生の研究生としてO大にもいたらしく、日本語教師としてアメリカで職を得、ご結婚もされて現在にいたっているという。YMCA のころ、私も含めてクラスでカラオケに行ったことなど、懐かしくお話しした。他に、2001年に Santa Barbara でLSA の Summer Institute の講師をしたときお会いした、山下喜久子さんという先生もいらっしゃった。
懇親会は、近くのお寿司屋さんで寿司弁当をいただく。十数人ほどの会だったが、日本語教師なので、女性が多く、また若い方も多かった。お弁当は例によってアメリカサイズで、最後の方は少しもてあました。
解散後、ホテルまで徒歩で帰った。というより、ほとんどホテルの隣のようなところだったことを、その時知った。Harvard Square と反対方向だったので、気付かなかったのだ。その近辺にはレストランやマーケットが何軒も集まっていた。
5月4日(金)
午前中はボストンに買い物に。Copley Place というショッピングモールで、家族に頼まれたものを購入。あと、時間があったので、再びボストン美術館へ。一昨日買ったチケットが、6日間有効なのだ。今度は、西洋美術を中心に鑑賞。モネの「日本娘 (La Japonaise)」が大変よかった。昼食は再び Copley に戻り、Turner Fisheries of Boston という店で、チャウダーの定食をいただく。ボストン一おいしいという評判らしいが、確かに結構なお味だった。Legal Seafood よりも、クラムの味わいが生かされているようだった。
ホテルに戻り、休憩後、3時半にまた Reischauer Institute へ向かう。今日の講演は、役割語についてで、英語の発表。聴衆は、語学に限らず、広く日本について関心のある人向け。昨日よりは聴衆は少なめだが、若い人が多めで、確かに質問も語学に限らず広く文化的・政治的な議論が出てきた。原稿は、2005年に Oxford で使ったものの流用であり、ディスカッションはヤコブセン先生に通訳をお願いした。結構笑いも起こり、和やかな講演になった。
夜は、昨日昼を食べた Faculty Club でディナーをいただいた。どうも夕食時は、やはり時差の関係でお腹が張って食欲がなくなるので、食べるのを少なめにし、お酒もほどほどにしておいた。今日も久野先生がいらっしゃっていて、お話の中で、そのグルメぶり、健啖ぶりに驚かされた。このエネルギーが研究にも生かされているのだと思った。あと、お名前を失念したが、とても上品な年配の女性がいらっしゃった。やはり日本語教師をやっていらっしゃったようだが、今は所属がないとのこと。柔らかいお話ぶりに引き込まれた。伊藤さんも、昨日に引き続き、参加されていた。
(写真は、Faculty Club の玄関に飾ってあるお花)
5月5日(土)
I氏が早朝に帰国。メールやブログをいじったあと、ハーバード大の中にある、アーサー・M・サックラー美術館、フォッグ美術館、ブッシュ・ライジンガー美術館を見た。どれも大変充実していたが、特にフォッグでは、モネ、マネ、ピカソ、ドガ、ゴーギャンなど、豪華な作品がこれでもかと展示されていて、圧倒された。大学の持ち物でこんなすごいものが所蔵されていたとは思わなかった。この美術館は建物も素敵で、中は回廊に囲まれた吹き抜けになっており、ピアノがあって、学生のような人がショパンを弾いていた。
昼前には、ボストンに出て、ニューイングランド水族館に行った。昨日のディナーの話題にもなっていて、とてもいいから是非行けと言われていた。設計をした人が海遊館と同じということで、確かに中央の巨大水槽を巡って上り下りする構造がそっくりだった。展示に工夫があって、とても楽しめた。
水族館のムービーをどうぞ。「MOV03867.MPG」をダウンロード
ハーバードに戻り、こんどは大学の中の博物館めぐりをした。9ドルで、考古学博物館、植物学博物館、比較動物学博物館、鉱物学と地質学博物館が全部回れるようになっている。ここでも、展示の質と量に圧倒された。植物学博物館では、ガラス細工による植物標本のコレクションが展示されていて、その精巧さには本当に驚かされた。
夜、ヤコブセン先生に迎えに来てもらって、メモリアルホールの中のサンダースシアターで、学生オーケストラの公演を聞いた。ヤコブセン先生は、教え子の一人が出演するということで、最近行く気になったらしく、たまたま昨日の夜、ディナーの中で話題になったので、私もつれていってもらうことにしたのだ。Harvard-Radcliffe Orchestra というオケで、マーラーの「復活」シンフォニーをやっていた。建物がとにかくすばらしく、演奏もなかなかのもので、とてもよかった。ハーバードで過ごす最後の夜が、印象的なものになってよかったと思った。
5月6日(日)
帰国。8時半頃、ホテルを出る。Tラインをレッド、シルバーと乗り継いで、ローガン空港のEターミナルに到着、チェックイン。今はEチケットなので、機械にパスポートを通すだけ。すこぶる簡単。デトロイト空港での乗り継ぎもスムーズ。ここの空港は、英語の表示の下に必ず日本語が書いてある。日本人の企業人が多く来るのだろうと思うが、今のご時世では、恐らく中国語・韓国語が書かれるところだろう。複雑な気持ち。
デトロイト~関空便では、「ラブソングができるまで」を見た。ドリュー・バリモアとヒュー・グラントのラブコメディ。吹き替えも字幕も無かったが、筋は大体分かった。英語が堪能だからではない。余りにも単純だから。ヒュー・グラントはイヤミのないおっさんだが、ドリュー・バリモアはちょっとあざとくて好きになれない。もう一つ、「ナイト・ミュージアム」も見た。ばかばかしい話ながら、少しほろっとなった。父子ものには弱いのだ。そういう意味では、「宇宙戦争」も同じ構造でしたね。
さて、夕方6時頃、関空まで来て、なんと故障機のため、滑走路が閉鎖と告げられた。急遽伊丹空港に着陸、そのまま降ろしてくれるのかと思ったらやはりそうはいかず、燃料補給中、機中で待機。関空がオープンしたと知らされると、伊丹を飛び立って関空にやっと着陸。3時間近く遅れて帰宅。やれやれ。
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Harvardの前のホテルからアップしています。
4月23日(月)
13:30 吹田・本部棟で会議
4月24日(火)
3限、大学院の演習、17時から吹田・工学部棟で会議、18:30 から、石橋「楽」で国語学新入生の歓迎会。新しい顔としては、卒論を書く4年生の女子一人と、科目等履修生の社会人の女性お一人。飲まずに、車で帰宅。
4月25日(水)
11時、学生と面会。13時から吹田・本部棟で会議。4限、学部の演習。5限、卒論演習。
4月26日(木)
1限講義。14:30から教授会。
4月27日(金)
午前中、非常勤先で講義。
4月28日(土)
京都で研究会があったが、あまりにも仕事が溜まっているので、欠席。
4月29日(日)
研究室のハイキング。朝10時35分、JR須磨駅に集合、近辺の寺社をめぐる。最後は一ノ谷を下って、須磨浦公園で解散。夜は、梅田で打ち上げの懇親会。よく歩いたので、ビールがうまかった。ところで、今日は51歳の誕生日。一応、懇親会の参加者に「おめでとう」を言ってもらう。(一部写真を下に貼りました。フォトアルバムはこちらです。)
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