« (書評?)『女性らしい手紙文の書き方』 | トップページ

2018年5月 2日 (水)

卒業式・式辞2018

備忘のために、掲載しておきます。つたない文章ですが、時間があればお読みください。

=====

文学部・文学研究科卒業・修了証書伝達式・式辞

                                                   金水 敏

                                               2018年3月22日

 みなさま、本日は大阪大学文学部・文学研究科のご卒業・修了まことにおめでとうございます。皆様の胸中には、これまでの学生生活のこと、そしてこれから訪れる未来のことなど、様々な思いが胸中に去来していることと想像いたします。

 さて、皆様が大阪大学で身につけたものはいったい何であったのでしょうか。むろん、哲学系、歴史系、文学系、芸術系、日本学系それぞれの専門分野における個別の知識をしっかり身につけられたであろうことは間違いありません。しかしそれぞれの専門分野を超えて、文学部・文学研究科の卒業生・修了生が等しく有しているはずの知識や技量とは何であったか、改めて考えてみたいと思います。それは端的に言えば、言葉を正確かつ厳密に用いる技術であったかと思うのです。私たちが論文を書く際に注意を払うことの中に、使用する一つ一つの概念の定義がきちんと出来ているかということと、その概念を用いて健全な論理が組み立てられているかということがあるかと思います。皆さんがくぐり抜けてきた演習での発表や論文の諮問等で、「その概念の定義は何か」「この前提からこの主張はどのようにして導き出されるのか」ということをしつこいほどに議論してきたのではないでしょうか。家造りに例えてみれば、概念とは煉瓦や建具のような建材であり、論理とは、建材と建材を組み合わせる際のアーキテクチャーに相当すると言えます。建材に欠点があっても、その組み立てに不適切な扱いがあっても、頑丈で暮らしやすい家を建てることはできません。私たちはこのような考え方で、自分たちの言葉を用いる技術を磨いてきたのです。この点は、専門分野の枠を越えた共通点と言えましょう。

 むろん、この点は一人文学部・文学研究科で学ぶ人文系の学問のみの特徴ではありません。社会科学、自然科学や工学等、すべての学問・研究に共通の基盤であります。学問の分野によっては、さまざまな実験、観察やフィールドワーク手法や統計手法、法体系をめぐる専門的な解釈、また数式の処理をめぐる技法などがそれぞれに重視される面がありますが、その基盤となるのはやはり概念規定の正確さ、厳密さと、論理の健全性です。一方で実験や統計処理やフィールドワーク等は人文系でも用いる手法であり、すべての学問体系はそのようにしてゆるやかにつながっているとも言えます。それでもなお、人文系の学問の特徴を強いて挙げるとするならば、私たちが対象とする領域は、私たちの日常生活に直結し、日々暮らしていく経験のすみずみにその対象が存在するということではないでしょうか。言葉を正確に、また適切に用いることで、実は私たちの生き方そのものを変えていくことが出来る場合もあるのです。

 ここで最近私自身の体験を少しお話ししたいと思います。私ども、文学研究科の教員は毎年ファカルティ・ディベロップメント、略称FDと呼ばれる教育・研究の向上のための研修を受けますが、今年度のこのFDでは、龍谷大学のLGBTサークルである「にじりゅう」の皆さんが来て、私たち教員と交流会を持ってくださいました。その場では、龍谷大学の「にじりゅう」に参加している学部生の方たちが自身の性的自認や性的嗜好について、時にユーモアをこめながら、生き生きと語って下さいました。その後の学生さんたちとの交流も含めてそれはとても素晴らしい経験であったと今ふり返って、改めて感じます。そこで私は、SOGI(複数のsを付けてSOGIsとも)という概念を初めて知りました。これは、sexual orientation and gender identities の略称です。この概念がLGBTとどこが違うか、どういった点が優れているかということについて考えてみましょう。  私たちの暮らしている近代社会では、異性愛と家父長制を唯一正しい人のあり方とするイデオロギーが長らく支配し、その支配のあまりの強固さがさまざまな弊害と息苦しさを社会にもたらしてきましたが、近年はそのイデオロギーに挑戦し修正しようとする考え方が徐々に社会に浸透してきていることもご承知の通りかと思います。例えば性同一性障害を認定する法律が出来たこともそうですし、LGBTという概念が広まってきたこともその一つです。しかし性同一性障害は体の性と心の性が一致しないことを「病気」として認定することであり、LGBTのL, G, Bはそれぞれ「性的少数者」とする認定を含んでいます。つまり特定の人を非正常者や少数者であると規定してしまう弊害もあり、逆に差別を助長しかねない側面もあるように思います。これに対しSOGIの考え方は、一人ひとりが固有の性的嗜好と性自認のあり方を持っており、どれが正しくどれが正しくないとか、何が多数で何が少数かということを決めません。つまりSOGIの多様なあり方がその人それぞれの個性の一部であると認めるのです。このSOGIの概念が広まることで、私たちの社会が私たち一人ひとりにとってさらに生きやすいものになっていくことが期待できます。もちろんそのためには法制度や公共トイレのあり方や学校における指導のあり方など、制度的な側面も同時に整備していかなければならないことは言うまでもありません。しかし間違いなくSOGIの考え方を法学、経済学、工学、医学等の考え方の基盤に据えることで、社会をより良く変えていくことができるのです。このように、一つの概念を導入することで生活や社会がすっきりと見通せる場合があること、また日々の暮らしがより生きやすくなる場合があることを改めて知らされました。

 ここで、卒業・修了していく皆さんに期待したいことは、これからの生活の中でも、絶えず言葉の正確さ、厳密さに気を配り、そしてよりよい言葉の使い方に工夫をしていってほしいということなのです。ここで正確さ、厳密さとは自分の考え方が唯一正しいとする硬直した態度をとることではなく、人の言葉を尊重し、しっかりと耳を傾けて聞くということも同時に意味します。世界は残念ながら往々にして、言葉の正確で厳密な使用を軽視し、勢いや思い込みや社会を覆う空気で物事を決め、結果として望ましくない方向に社会が流されていくこともしばしばであります。かつて日本が経験した第二次世界大戦の惨禍も、そのような空気の流れの中で引き起こされたと言っても間違いではないでしょう。例えば衆議の場で、特定の言葉づかいに意義を唱えることは時として場の雰囲気を壊すと非難されることもあるかもしれません。しかし時間はかかっても、じっくり議論を重ね、よりよい概念や論理をみんなで育てていく習慣を培うことが結果としては私たちの社会にとって間違いなくプラスになります。そのような社会を率先して作っていく人になってほしいのです。それは、何も「長」の付く仕事をしている人だけができることではなく、会社の一社員であれ、恋人同士であれ、母や父であれ、親を介護する子供であれ、人生のさまざまな局面の中で、それぞれの立場の中で日々実践していくべきことがらです。

 皆様どうぞ、大阪大学文学部・文学研究科で学んだことを日々の言葉の実践に生かし、今後ともすばらしい人生をお過ごしいただきますよう、心からお祈り申し上げます。以上をもちまして、私のはなむけのことばとさせていただきます。  

|

« (書評?)『女性らしい手紙文の書き方』 | トップページ

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/145561/66675264

この記事へのトラックバック一覧です: 卒業式・式辞2018:

« (書評?)『女性らしい手紙文の書き方』 | トップページ