旅行・地域

2016年7月18日 (月)

トルコ・1泊4日弾丸旅行

学科のバス旅行のしおりに寄稿する文章です。

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 昨年から、Facebookつながりのお友達のアイドゥン・オズベッキさん(チャナッカレ・オンセキズ・マルト大学)という方から、トルコに講演に来てほしいと言われていた。その後、トルコでいろいろきな臭いテロ事件が続き、私の周囲でも「ほんとうに行くの?」「止めた方が」という声も出ていたのだが、イスラム圏への旅行は初めてなので、事情が許す限り行きたい、と思っていた。オズベッキさんに相談すると、「講演場所のチャナッカレは、比較的テロと縁遠い地域なので」と言われたので、えいやっと渡航を決断した。
 ただし、4月から研究科長に選任されたこともあり、学期中の長期の旅行はむずかしい。6月4日(土)〜6月7日(火)の4日間と決めた。なんとなく、イスタンブールの周囲でやるならそれくらいで十分だろう、と高をくくっていた。
 ところが、直前になって情報を集め始めると、イスタンブールからチャナッカレまではバスで6時間かかる、ということが分かった。しかも、「バスはきれいだがトイレが付いてない」「お腹をこわしてバスに乗ったら危ない目に遭った」などという方も知人でいらっしゃって、だんだん憂鬱、というか、恐ろしくなってきた。
 そうこうするうちに、オズベッキさんから、航空便のスケジュールが送られてきた。
6月4日 21時30分 関空出発
6月5日 04時35分 イスタンブール着 送迎バスにてチャナッカレに出発
              09時頃 チャナッカレ到着
              16時頃 講演。→現地泊
6月6日 12時  チャナッカレ出発(送迎バス)
              17時頃 イスタンブール空港着
6月7日 01時35分 イスタンブール出発
6月7日 18時40分 関空着
 現地での宿泊は5日の1泊のみ。つまり、1泊4日の旅となるのだ。大丈夫か、還暦の自分。
 さて、出発は遅いので割と余裕をもって対応できた。関空で3万円ほどトルコリラに両替も済ませ、ラウンジで時間つぶしもでき、時刻通りに搭乗。テロ騒ぎで飛行機はガラ空き、と期待していたら、ほぼ満席だった。13時間ほどのフライトの後、無事イスタンブール・アタテュルク空港に到着。たくさんいた乗客はほとんどが乗り継ぎの人たちで、トルコに降りる人はごく僅か、入国審査もすんなり終わった。
 さて、ロビーに出たところで、名前を書いた紙を持った人が待っているからと知らされていたのだが、出てみると誰もいない。うろうろと15分くらいあたりを探していたが、ふと見ると、柵にさした棹状のものに、名前を書いた紙がいっぱいつなげて貼ってある中に、自分の名前が載っていた。きょろきょろしていたら、一人のじいさんが寄ってきて、お前の名前かと言うので(多分そう言っていたのだろう)、そうだと言ったら、ベンチで寝ていたお兄さんに声を掛けたり、あちこち尋ねたりして、結局外の道路まで連れて行かれて、そこに待っていたバスの運転手に無事引き渡してくれた。バスと言っても、定員9人乗りの黒いベンツのバンで、乗り合いかと思ったら、乗客は私一人だった。運転手のお兄さんは、片言の英語の出来る人だった。これからチャナッカレに行くというので、一安心した。乗り心地もよく、またあとで分かったのだが、乗り合いバスより2時間ほど早く着くことができた。
 明け方の空港近くの高速道路はとても近代的で、大阪もロサンジェルスも大して変わらない風景だったが、だんだん郊外から田園風景へと変わっていき、天気もよかったので、とても広々とした美しい景色が目の前に広がっていった。2時間ほど走ったところで、ドライブインに止まって、運転手が「ブレックファストだ」と言った。私は飛行機で食べてきたので食事はせず、有料トイレを使い、水だけ買った。とても景色のいい場所で、ドライブインの建物にはたくさんのツバメが巣を作って廻りを飛び回っていた。
 4時間ちょっとで、海峡を挟んでチャナッカレの対岸の港に到着した。そこで、車ごとフェリーに乗り込み、10分余りの航海を楽しんだ。フェリーを降りたところで、ビルギン・イリムさんという先生(背の高い、ハンサムなマッチョ)がお迎えに来てくれていた。今、研究会のみなさんは朝ご飯を食べているところだというので、まずホテルにチェックインしてから急いで着替えて、海岸縁の道を歩いて朝ご飯の会場のレストランまで行った。海縁の、ほんとうに窓のすぐ下に波が打ち寄せている、きれいなレストランだった。ざっと30人ほどの皆さんが朝ご飯を楽しんでいた。オズベッキさんも、大阪大学で研究員をしていたこともある吉村大樹さんもそこにいた。とても和やかな雰囲気だった。私はリアルなオズベッキさんには初めて会ったのだが、写真通りの、ヒゲをはやした濃い顔のお兄さんだった。話してみて、とてもユーモアのセンスに溢れた楽しい人だということが分かった。
 朝ご飯のあと、私だけホテルに戻り、シャワーを浴びたり仮眠を取ったりして体を休めさせてもらった。3時頃、イリムさんがホテルに迎えに来て、公園内にある研究会の会場のホールまで連れて行ってくれた。私の講演はまあまあ順調に終わり、研究会のみなさんの総会が行われた。実はこの研究会は、トルコの日本語教師会が全国的規模で行う第1回目のもので、その記念すべき基調講演に私が呼ばれたということだったのだ。オズベッキさんがパソコンで作った表彰状ももらった。
 夕食は、みんなで街の路地の中にある居酒屋でいただいた。海鮮中心のシンプルなお料理ばかりで、とてもおいしかったし、ワインや「ラク」というアニス系のお酒(独特の甘い香りがある。フランスのアブサン、ギリシャのウーゾも仲間。いずれも、水を入れると白濁する)にもよく合った。海に沈んでいく、チャナッカレの夕日がとてもきれいだった。
 一夜明けて、朝ご飯のあと、唯一の観光時間。一人でチャナッカレの街を歩き回った。小さな街なので、3時間も歩けば十分その構造が把握できた。「トロイの木馬」で知られるトロイの遺跡がすぐ側にあり、遺跡へのツアーもやっているのだが、そこまで行く時間はなかった。海岸通りの公園に、映画に使われたというトロイの木馬の実物大の模型が設置されていた。
 ホテルに12時前にイリムさんがお迎えに来た。バスは車も運転手も、来た時と同じだった。フェリー乗り場でオズベッキさんが待っていて、お別れをしてくれた。この日は天気が悪く、雨が降ったり止んだりのお天気だったが、快調にドライブは進んだ。また途中でドライブインに寄り、運転手は「ランチだ」と言った。私は、カフェテリアで汁掛けご飯とナスのトマト煮をいただいた。とてもおいしかった。売店でお土産用に「ロクム」と呼ばれる飴菓子も買った。その後も予定通りの時間に空港に到着した。空港の入り口はとても込んでいたが、むりやり二重駐車で荷物を降ろし、運転手さんにお礼を言って別れた。
 チェックインはあっという間に終わったが、手荷物検査は結構並んだ。空港内は大変な熱気で、ヨーロッパやアメリカや東アジアの空港では見ないような、さまざまな民族が通路を行き交っていた。ビックリするほど背の高いアフリカの黒人の集団や、全身真っ黒の「ニカブ」と呼ばれる衣装をまとったイスラムの女性が特に目を引いた。待ち時間が8時間ほどあったが、特に買い物もなく、飲食物もやたらと高いので、大半の時間を空港のベンチで横になって寝て過ごした(日本では真夜中だったのだ)。
 搭乗も順調に進んだ。乗り込んだ飛行機は、「クシモト」と名付けられた、日土修好を記念する特別な塗装や内装が施された飛行機だった。帰りも機内は満席に近い状況だった。隣には面白い関西のおばちゃんの団体がいて、結構笑わせてもらったが、そのことは別のところに書いたので省略。飛行機の中ではもっぱら映画を見て過ごした。「レヴェナント」が印象に残った。
 帰国してその日に、イスタンブールの市内で爆発テロがあったことを知った。そうして、3週間後にイスタンブール空港そのものが襲撃された。ニュース映像で、私が横で寝ていた通路を、逃げ惑う旅行客たちの映像が映った。この記事を書いている前日には、トルコでの“クーデター”未遂事件のニュースが大大的に報じられた。私の会ったトルコの人たちはだれも皆温かかったし、お料理はおいしいし、チャナッカレは天国のような小さくてきれいな街だった。しかし、当分トルコには行けないのだろう。とても悲しい。
(以上)

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2011年9月10日 (土)

エストニアのアルバム

この画面の左下に、エストニアで取った写真のアルバムをアップしました。

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2011年9月 4日 (日)

エストニアの首都はどこでしょう?

学科のバス旅行の栞に投稿したエッセーです。

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 2011年8月22日から28日まで、エストニアの○○○に行ってきました(○○○はエストニアの首都です。クイズにしますのでずっと伏せ字にしいておきますね)。13th EAJS (European Association for Japanese Studies) International Conferenceという催しに招かれたからです。招待されるまでは、まず「え、エストニアってどこだっけ?」という程度の認識しかありませんでした。かろうじて"バルト三国"の一つ、ということを思いだしましたが、首都の名前も分かりませんでした。『地球の歩き方』でやっとアウトラインがつかめた程度で現地入りしました。行ってみたら、大変すばらしかったです。

 まず、学会のことについて説明しておきます。ヨーロッパの研究者を中心に、政治、言語、文学、美術、演劇、社会・文化等、広く日本に関わる学術的研究をカバーする学会で、3年に1回国際大会をヨーロッパの各地で開いています。私は、言語・言語学セクションの基調講演者として招かれました。セクションが14もあって、4日間平行して一般発表やパネルディスカッションが行われるという大変盛大なイベントでした。メインの学術交流のほか、昼食やコーヒーブレイクやレセプション・パーティ(大変きれいな郊外の博物館で行われました)、市内観光などもセットで自由に参加できます。またオプションですが、3日目夜のディナーはエストニア劇場のホールで行われ、ハンドベルやジャズの生演奏が付いていました。

 行ってみて驚いたのですが、有名人・知人がたくさん来ていました。列挙しますと、もと阪大で国際日本文化研究センターの荒木浩先生、同じく小松和彦先生、全体の基調講演を務められた上野千鶴子先生、古典日本文学セクションの基調講演の三田村雅子先生。国文学研究資料館長の今西祐一郎先生、言語・言語学セクションには池上嘉彦先生、みなさんの先輩の川崎剛志先生(就実大学)、近本謙介先生(筑波大学)、海野圭介さん(国文学研究資料館)、米田真理子さんが来ていました。また言語・言語学セクションで漢文訓読資料のパネルがあり、月本雅幸先生、小助川貞次先生、山本真吾先生がそろって来られ、すべて英語で発表されました。これは大変画期的な試みであったと思います。私自身が加わっているOxford大学の古典語コーパス・プロジェクトのメンバーである、Bjarke Frellesvig先生、Stephen Hornさん、Kerri Russellさん、尤紫錫さんも来ていました(小森陽一さんも来られるはずでしたが、成田エクスプレスの事故でキャンセルになったそうです)。そんなわけで、大変賑やかに楽しく毎日を過ごすことができました。

 さて、エストニアは、13世紀にデンマークに支配され、その後ハンザ同盟に加入、ドイツの影響を強く受け、またロシアに占領されたり、またドイツに支配されたり、ソビエト連邦に併合されたりと、大変な苦悩を経て1991年にようやく独立しました。そんな訳で日本では観光地としてのイメージが未だ強くありませんが、実は○○○はハンザ同盟時代の、城壁に囲まれた古い町並みが美しく残っている、とても魅力的な都市だったのです。私の印象では、プラハをこぢんまりとまとめた感じです。関空からは、ヘルシンキやコペンハーゲン等での乗り継ぎで12~13時間で行けます。ホテルは快適、物価は安い、料理はおいしい、ビールもおいしい、土産物屋も充実、近代的ショッピングセンターもあり、2,3日は楽しく過ごせること間違いなしです。ただ少し物足りないのは、美術品、博物館等、アート関係に見るべきものが見あたらないことでしょうか。やはり芸術は、富と権力の集中するところに集まるものなのですね。

 ともあれ、ヨーロッパの有名どころに飽きた方にも、ヨーロッパ初級者にもお勧めの穴場観光地です。機会があったらぜひどうぞ。

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2010年10月12日 (火)

Oxford の朝

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J/K Conference

ワークショップに引き続き、Japanese/Korean Linguisitcs Conference に出席しました。会場は、アシュモレアン博物館の隣のホールでした。この日は朝から雨だったので、宿舎で傘を借りて出かけました。宿舎から会場まで、歩いて10分ほどです。

一日目の日程が終わると、ボドレー図書館のホールでレセプションがありました。歴史的建造物の中でのレセプションというのは大変豪華でした。2005年に Oxford に初めて来たときには大学院生だった Lars さんと再開し、楽しくお話しできました。

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そのあと、ターフ・タバーンという昔ながらのパブでビールとフィッシュ・アンド・チップスをいただきました。

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Oxford でのワークショップ

本年1月に引き続き、VSARPJ のワークショップと、Japanese/Korean Linguistics Conference への参加のために、Oxford に行きました。

9月29日に出国して、10月4日に帰国するというスケジュールです。

行きは KLM でアムステルダム経由でした。今回は、University Club という大学厚生施設の宿舎をとってもらいました。写真を撮り損ねましたが、とてもモダンな建物です。1階がカフェとバーになっていて、夜は大学生があつまってサッカー中継などを見て楽しんでいます。スポーツバーみたいな感じです。

ワークショップには、柴谷先生(元言語学会会長)、影山先生(現言語学会会長)が来られていました。コーネル大学の John Whitman とも再会しました。うちの助教の衣畑くんも来ています。

ワークショップの2日目からの参加になりました。夜は、アシュモレアン博物館の階上にある、すてきなレストランで打ち上げとなりました。シャンパン飲み放題の豪華な食事でした。

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2010年9月23日 (木)

撮りテツを撮る。

9月11日お昼過ぎ。阪急十三駅に入ってくる試運転列車を撮ろうとしている皆さんです。

私には、その列車が「試運転」であるという以上の情報は分かりませんでした。また、その情報をこの方たちがどこから得たかというのも謎です。

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本郷近辺散歩

9月17日(金)、お茶の水女子大学での小講演のあと、夕方 I 書店で打ち合わせ。19日(日)は乃木坂の日本学術会議でシンポジウムがあったのですが、18日(土)は空いていたので、一日本郷のホテル近辺で過ごしました。

大部分はホテルや近くのスターバックスで原稿を書いていましたが、部屋の掃除の間、東大構内から正門前の森川町~西片の辺りを散歩しました。

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三四郎池のほとりでしばらく本を読んでいましたが、いっぱい蚊に刺されてかゆかったです。

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西片ではたまたま祭礼がありました。

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この辺りは、地形に高低差があって、谷間の道路に橋がかかっていたりして面白いです。

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正門前に「万定」という古い喫茶店があって、学生時代によく行ってました。近くの「ルオー」と並んで、カレーのおいしい店として有名でした。しばらく店を閉めていたようで寂しく思っていましたが、今日見ると開いていたので、喜んで入店しました。

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レトロな店構えや店内は昔そのままでしたが、残念ながら、カレーの味は昔と大違いでした。学生時代は、こってりとコクのあるルーが特徴的でしたが、この日出てきたのは、しゃぶしゃぶのあっさり味のルーで、これはこれでいいかもしれないのですが、期待が大きかっただけに、少しがっかりでしたthink 

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2010年9月12日 (日)

夏の出来事(4)~学科旅行~

8月31日~9月1日、恒例の学科のバス旅行に参加しました。

正確には「大阪大学大学院文学研究科・文学部 日本文学・国語学・比較文学研究室 研究室旅行」というものです。

今年は「岡山・吉備路」に行きました。旅程は下記の通り。

8月31日(火)
大阪大学→閑谷学校→ノートルダム清心女子大学特殊文庫見学→鷲羽ハイランドホテル

9月1日(水)
鷲羽ハイランドホテル→吉備津彦神社→吉備津神社→ときわや(昼食)→備中高松城址→造山(つくりやま)古墳→備中国分寺→大阪大学

閑谷学校は山懐の清閑な地に建てられた、端正な学問所でした。

ノートルダム清心女子大学では、大変便宜をお図りくださり、普段は入れない書庫にも自由に立ち入らせてくださいました。

鷲羽ハイランドホテルは、全室オーシャンビューで、瀬戸大橋が窓いっぱいに眺められました。

吉備津神社では、珍しい鳴釜神事に立ち会い、神妙な釜の音を聞くことができました。

昼食をとった食堂は、最上稲荷の門前にあり、コースには入っていなかったのですが最上稲荷も食後に見学しました。大変広い敷地に建てられた立派な宗教施設ですが、神仏習合の大変奇妙な神社(寺?)でした。

備中高山城址は秀吉の水攻め・中国大返しで有名な場所ですが、現在は広大な蓮池となっていました。

気候的には猛暑の中、なかなかしんどかったのですが、旅行委員のマネジメントが大変行き届いており、満足度の高い旅行であったように思います。

閑谷学校講堂

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ホテルから瀬戸内海を眺める

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吉備津神社、釜殿に続く回廊

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最上稲荷の大門。仁王と狐が背中合わせになっている。

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夏の出来事(3)~国立科学博物館~

結石騒ぎと相前後するわけですが、8月8日、日本語学会の理事会に参加するついでに、上野の国立科学博物館に「大哺乳類展」を見に行きました。今年の3月にも行ったのですが、3月は陸の動物、今回は海の動物です。シロナガスクジラの骨格標本が一つの目玉です。

企画展もよかったのですが、常設展の日本館が結構好きです。昔の日本人を再現した人形がリアルで、愛嬌があってチャーミングです。

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