2008年3月1日~2日、サンフランシスコ州立大学で行われる「第6回応用日本語学会議」(Sixth International Conference on Practical Linguistics of Japanese: ICPLJ6)で講演を行います。講演は、2日の10時5分~11時45分です。日本語で行います。概要を下に引いておきます。
ヴァーチャル日本語 役割語について
大阪大学大学院文学研究科
金水 敏
フィクションの世界で登場人物が話す会話には、そのスタイル(語彙、語法、音声・音韻、プロソディ等)と話し手の人物像(年齢、性別、職業・階層・知性・品位、国籍・地方、人種、性格、場面等)との間に密接な関連がある。例えば、次のような発話の例を見られたい。
a. そうよ、あたしが知ってるわ
b. そうじゃ、わしが知っておる
c. そや、わてが知っとるでえ
d. 左様、拙者が存じておる
e. そうですわよ、わたくしが存じておりますわ
f. そうあるよ、わたしが知ってるあるよ
g.そうだよ、ぼくが知ってるのさ
h. んだ、おら知ってるだ
それぞれ、(普通の)女性、男性の老人、関西人、武士、上品な女性、中国人、(若い)男性、田舎者といった人物像が浮かび上がってくるだろう。発話内容はまったく同一であるが、語彙・語法の組み合わせによって、まったく異なる話し手の人物像が指し示されるのである。しかし、これらのスタイルと人物像の結びつきは、現実の体験や教育の中で学ばれるものとは考えにくい。なぜなら、現実の老人は(方言を除いては)bのような話し方をするわけではないし、dのように話す武士は現代の社会には存在しない。
金水(2000)ではこのように特定の人物像(のステレオタイプ)と結びついた発話スタイルを「役割語」と名付け、金水(2003)ではその理論的背景、歴史的起源等について述べた。また金水(編)(2007)では、役割語をめぐって10人の著者による研究論文が集められた。
役割語をめぐっては、例えば次のような問題点が取り出される。
1. 心理的・機能的問題
・役割語の知識はいつ、どのようにして学ばれるのか。
・役割語は心理的にどのように基礎づけられるか。
・役割語はなぜフィクションで用いられるのか。
・役割語の知識はフィクション以外ではどのような機能を発揮するのか。
2. 起源的・歴史的問題
・役割語はどのように発生・固定・伝播するのか。
・現実の言語と役割語はどのように歴史的に交渉するか。
3. 言語内的問題
・役割語の特徴はどのような言語的特徴によって構成されるのか。
4. 社会的・政治的問題
・役割語によって表し分けられる人物像はどのように決定されるのか。
・役割語と偏見・差別はどのように結びついているか。
・日常の言語使用の中で、役割語の知識はどのように活用されているか。
5. 対照言語学的・社会学的問題
・日本語以外の言語で役割語はどのように表現されるか。
・役割語によって表される人物像の、言語間・文化間での相違はどのようなものか。
6. 応用言語学的問題
・言語教育(母国語・外国語)に役割語研究はどのように貢献するか。
7. 芸術的問題
・表現者は役割語をなぜ、またどのように利用し、変形し、また創造するか。
・役割語の翻訳はどのように可能/不可能か。
本発表では、以上の問題について、老人語、男性語/女性語、ピジン日本語等を例に取りながら考察し、現時点での考えを述べる。
参考文献
金水 敏(2000)「役割語探求の提案」佐藤喜代治(編)『国語史の新視点』国語論究, 第8集, pp. 311-351, 東京:明治書院.
金水 敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』 東京:岩波書店.
金水 敏(編)(2006)『役割語研究の地平』 東京:くろしお書店.
最近のコメント