2009年7月20日 (月)

方言のコストパフォーマンス

学科のバス旅行のしおりに投稿予定の原稿です。

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 「おっぱいバレー」という映画がある。北九州を舞台にしながら、主役の綾瀬はるかやバレー部の少年たちを初め、福岡弁を話す人間が一切出てこない。不自然と言えば、不自然。特に、当地で育った方が見たら、さぞかしこそばゆい思いをされることだろう。風景はばりばり、戸畑なのに。似たような現象はいくらでも見つかる。テレビドラマ「Dr. コトー診療所」は、ロケ地が与那国島だそうだが、出てくる人々は共通語か、そうでなければ、いわゆる〈田舎ことば〉(田舎っぽいが、特定の地域を感じさせないヴァーチャル方言)を話しており、琉球語は片鱗も聞かれない。こういった問題を、映画やドラマの作り手の立場から見ると、コストパフォーマンスという観点が重要になってくるように思われる。

 ここで言うパフォーマンスとは、なによりもまず伝達上の効率のことをさす。一番大事なのは、伝わりやすさ、即ちその言葉を使って、できるだけたくさんの人々に理解されるかどうかということである。この点で、共通語がもっとも高パフォーマンスであることは言うまでもない。日本語圏であれば、誰であれ、確実に通じるからである。

 では、すべてのフィクションは共通語だけで作られればいいのかというと、そうとも言えない。方言には共通語にはない、別の効果がある。まず舞台が地方であれば、方言を含めたその地方らしさが作品のアクセントであったり、作品の重要なモチーフであったりする。また共通語基盤の作品の中で方言を話す人物が出てくれば、その人物は例えば"無教養""愚鈍""純朴"といったイメージをまとったキャラクターとして登場してくることだろう。キャラクターの描き分け、という点で、方言はとても重宝である。たとえば、2008年度下半期にNHKで放送されていた朝のテレビ小説「だんだん」では、双子の姉妹(三倉茉奈・佳奈が演じていた)が生まれてすぐ引き離され、京都と島根でそれぞれ育てられたという設定で、成人し、再会してもそれぞれ京都弁(舞子言葉)と島根弁を使い続けていた。これは特に、双子の姉妹を視聴者が区別しやすいように、方言を使い続けさせる必要があったためと推測される。

 ところがここで、特定の方言を使用した場合に生じる、別の問題が生じる。方言がどれだけ"本物っぽい"かという点である。方言が中途半端に再現されると、地元の方にとってはこれほど不快なことはない。先の「だんだん」の例で言うと、ドラマの中で島根の人たちは何かというと「だんだん」という感謝の挨拶を口にする。ところが現実の、地元の人に聞いてみると、「だんだん」は必ず「だんだん、だんだん」と繰り返して使うのが普通で、「やさしくしてくれて、だんだん。」のような使い方は非常に変に聞こえるそうだ。

 方言は"リアリティ"という独自の価値で計られる。リアリティが高いということは、つまり"本物"っぽい、ということで、一応"いいこと"と評価される。ところが、このリアリティを高めれば高めるほど、最初に述べた伝達上の効果が薄れるリスクを帯びる。つまり、広範な日本語使用者に通じにくくなるのである。特に青森の津軽方言とか、琉球のウチナーグチとか、土地の人以外にはほとんど通じない言葉は、よほど限定された効果をねらってのことでなければ使用できない。一般に、方言のクオリティ(=リアリティ)と、伝達容易性というパフォーマンスは相反関係にある。

 次に、コストの面から考えてみよう。共通語は、伝達の効率において最高のパフォーマンスを有するとともに、コストにおいても最も経済的である。共通語の台詞は、脚本家なら誰でも書けるし、共通語で演じる役者は最も豊富に存在する。ところがいったん、方言を作品に導入するとなると、さまざまな問題が生じ、余計なコストが生じる。当該の方言で演じられる役者が十分調達できるとは限らず、調達できてもできなくても、"方言指導"という役割のスタッフを余分に雇わなければならない。方言指導者のもとで台本のチェックや、演技の確認など、余分の時間を費やすことになる。たとえ入念な方言指導が仮に実現できたとしても、役者によって方言再現能力の隔たりが大きいし、そもそも方言は演技のための言葉としての洗練を経ていないので、リアルであっても演技として成立しない、という場合も出てくる。そこで、ほとんどは共通語を基盤とし、わずかに文末や特定のセットフレーズに方言らしさをちりばめた、いわば"なんちゃって方言"でお茶を濁す、という処理に落ち着くことがしばしあである。「だんだん」の島根弁などはそのいい例であろう。また、初めから方言のリアリティ追求を諦め、ステレオタイプな〈田舎ことば〉で我慢しておくという手もある。〈田舎ことば〉はもともと役者の中に入っている演劇的言語の一部であり、コストゼロで導入できるのである。「Dr. コトー診療所」はまさしくそのように処理されていた。

 ここまで書いてきて、二点気づかれることがある。一つは、共通語の本質である。共通語とは、パフォーマンス面においてもコスト面においても最も好ましい性質を持っていることが確認されたが、ある意味でこの言明は逆転している。つまり、近代以降、話し言葉においてコストパフォーマンスを上げるべく洗練を経て生き残ったのが共通語(標準語)だったのである。これは、書きことばにおけるいわゆる言文一致体の形成と平行している。

 もう一点、いままで方言一般について述べてきたが、関西弁はその中で明らかに特殊であり、他の方言とは一線を画している。関西弁は、中世の能狂言は措くとしても、近世以後の浄瑠璃、歌舞伎、上方落語、にわか、漫才、曽我廼家五郎劇、松竹新喜劇、吉本新喜劇等々、長らく舞台言語として琢磨されてきたのであり、その歴史は共通語(~東京語~江戸語)よりも古い。そしてそれに見合うだけの、演技者の厚みがある。クオリティの高い関西弁を使いこなす役者を、老若男女、容易にそろえることができる。即ち、関西弁は他の方言から抜きんでて、コストパフォーマンスが高いのである。作品のアクセントとして関西弁キャラクターを配した作品は枚挙に暇がないし、登場人物すべて関西弁という作品だって、容易に成立する。このようなことは他の方言ではとうてい考えられない、関西弁独自の特質である。  (以上)

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以上の原稿を書くにあたって、このサイトに重要なヒントをいただきました。記して感謝します。

2008年11月29日 (土)

泰葉さんの話体

最近、泰葉さんという歌手の言動が芸能ニュースを賑わせていました。テレビに登場する彼女の発話を聞いていると、ことさらに“男性的”とされるスタイルを用いているようです。例えば、

あいつは金髪豚野郎だ!

における言い切りの「だ」の使用とか、

やめろー、こんな顔、撮るなー!

における命令形、禁止形の使用などです。

この発話スタイルに対して、いろいろな論評がありえますが、今は現象のメモにとどめます。

2008年11月23日 (日)

ツンデレ論ひろがる

http://blog.goo.ne.jp/satopyyy/e/1de95c3263fc086b4cc7123e30e064fc

2008年11月 9日 (日)

ツンデレ関連情報

http://d.hatena.ne.jp/negen/20081108

http://www.daito.ac.jp/~jtogashi/t08a.html

http://d.hatena.ne.jp/kuzan/20081108

2008年11月 1日 (土)

文字テロップ

下記の論文に、「発話キャラクター」に関する言及があります。

設樂 馨 (2007) 「テレビのトークコーナーを読む―同一の発話を伴わない文字テロップの実態―」『武庫川女子大学言語文化研究所年報』18: 37-61.

2008年8月18日 (月)

ゼンジー北京が

メモです。

先日、日本テレビ制作の「ぐるぐるナイティナイン」という番組の人気企画「ゴチになります」を見ていたら、メンバーの一人が

「○○(メニューの名前)でストップあるよ!」

と言っていました。中華レストランでの収録だったので、それにひっかけて言ったようです。

そうすると別のメンバーが、

「今時、あるよ、なんていう中国人いるのかよ!」

とつっこんでいました。そうすると、また別のメンバー(確か、岡村)が、

「ゼンジー北京が言うてるのちゃうか!」

と返していました。そうすると、つっこんだメンバーが、

「そうか、ゼンジー北京が言ってるのか……」

と納得してました。

2008年8月15日 (金)

らいよんチャン

関西ローカル局であるMBS(毎日放送)では、「らいよんチャン」というマスコットのアニメーションが、番組の合間にいろいろの姿で表れます。

現在、北京オリンピックのキャンペーンということで、中国バージョンが放映されています。らいよんチャンが、伝統的な中国服を着、ドジョウひげをはやし、両腕を体の前で組む格好で、

「オリンピック ある アルヨ」

と言っています。

※コメントにありますように、↓こちらの動画で見られます。

  slateYouTube「北京オリンピック」
  http://jp.youtube.com/watch?v=aNcyX8UvC7Y

2008年5月19日 (月)

桃屋アーカイブ

くうざんさんのサイトから。これからじっくり見てみます。

http://www.documentshowa.jp/

2008年2月 8日 (金)

おじさん言葉

 「日本経済新聞」2008(平成20)年2月5日(火曜日)付夕刊(近畿版第4版)12面のコラム「にほんごチェック」(大阪大学大学院言語文化研究科教授 小矢野哲夫氏、毎週火曜日連載)において役割語に関する言及がありました。以下に引用させていただきます。なお、文中の「馬場氏」とは、現在放映中のドラマ「佐々木夫妻の仁義なき戦い」(TBS)に登場する、藤田まことさん演ずる弁護士のことを指しています。

「・・・ですな」 おじさんに多い言葉遣い

 (前半略)

 馬場氏の「ですな」は年齢相応の表現として味がある。若い世代はこのような表現はまずしない。方言を除くと、共通語スタイルで「ですな」「でしたな」「ますな」「ましたな」を使うのは年配者だ。しかも男性に顕著だ。中年以上の男性。明らかにおじさんと呼ばれる人の中に、この種の表現をする人がいる。「おじさん言葉」と呼ばれる。
 大阪大学大学院教授の金水敏さんが提唱する「役割語」に入るだろう。

 (後半略)

 なお、上のコラムの全文のほか、過去のコラム、その他多数の論文、エッセイ、講演録、ペットのお写真、料理の作り方などなどを、小矢野先生ご自身のホームページ「けとば珍聞」で見ることができます。ぜひあわせてご覧下さい。

2007年12月26日 (水)

外国人なまりの日本語

「外国人なまりの日本語」キャラクターの例を、西田隆政氏がお教え下さいました。

片言日本語の外国人の登場するアニメが2本あります。
ともに、現在深夜に放映中です。

げんしけん2

http://www.genshiken.info/

スケッチブック~full color's~

http://www.sketch-full.net/

前者は中央大学のキャンパスがモデルです。後者は福岡大宰府高校がモデルで、博多弁のキャラも一人
登場します。

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