2018年4月26日 (木)

文楽とキャラクター

下記のようなエッセーを書きましたので、公開させていただきます。

「文楽とキャラクター」

第148回=文楽公演 平成29年11月 国立文楽劇場(公演プログラム) pp. 6-7

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     文楽とキャラクター

                            金水 敏

 私は日本語の歴史について研究をしていますが、一方で「役割語」や、広くキャラクターと話し方の関係について興味を持っています。役割語と言うのは、例えば「そうじゃ、わしが知っておるんじゃ」という台詞を聞くと老人のキャラクターを想起し、「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」という台詞を聞くと上品なお嬢様や奥様を想起する、というように、話し方・言葉づかいが一定の人物像を受け手に思い出させる、そんな話し方のことを指しています。役割語は今日、さまざまなフィクション、特にマンガやアニメなどのポピュラーカルチャー作品に活用され、効果を上げています。これは現代の日本におけるキャラクター・グッズの流行や、ゆるキャラの隆盛とも無縁ではないでしょう。現代の日本が「キャラクター大国」と呼ばれる所以です。

 さて、このような日本人とキャラクターの親和性は現代に始まったことではなく、むしろ文楽や歌舞伎等の古典芸能におけるキャラクターの発達にその淵源を見ることができるように思います。文楽(人形浄瑠璃)に例を取ると、性別、年齢、身分・地位、職業等の人物像によって、言葉づかいがはっきり違っています。例えば若い娘の例として、「鑓の権三重帷子」のお雪は「コレこの帯の縫(ぬひ)見て下さんせ……やうはなけれど、私(わたし)が細工」といった話し方をします。また武家に勤める権三の同僚川側伴之丞は「数年(すねん)の稽古伊達ではござらぬ、心易う思し召せ」「イヤ拙者ほどの名人も一期の不覚」といった話し方をします。「私」「拙者」といった一人称代名詞や「下さんせ」「思し召せ」といった依頼表現の柔らかさ、固さに、性差、身分の違いがよく現れています。

 また太夫の演技としては台詞だけでなく、例えば笑い方、泣き方等にも特徴があって、武将の豪快な笑いはまるで絶叫しているようにも聞こえます。文楽のキャラクター表現は太夫の語りに留まらず、三味線による場面描写にも違いがあって、例えばお姫様の登場ではゆったりとした旋律でその歩みが優美に表現されますが、町人の娘の出の時は、軽やかに転がるような旋律になります。

 そして何よりも文楽のキャラクターを雄弁に物語るのは、人形のかしらでしょう。人形のかしらは、一定の種類のものが劇場にあらかじめ保管されていて、それを役柄に応じて選択して使用します。私の手元には今、『国立文楽劇場所蔵 文楽のかしら』(吉田文雀監修・解説)という図版集があって、文楽に使用される頭の種類が一望できます。例えば「鑓の権三」の笹野権三には「源太(げんだ)」という十代後半から二十代後半までの若い男を表す頭を使用します。また岩木忠太兵衛には「鬼一(きいち)」という老人男性を表すかしらが、お雪の乳母には「婆(ばば)」という老女を表す頭が、そして女房さゐには「老女方(ふけおやま)」という二十代から四十代の女性を表すかしらが用いられます。一般に、主役級のかしらは男女とも整った顔立ちの「文七」、「検非違使」、「孔明」、「娘」、「老女方」等のかしらを使用することが多く、主役を取り巻く個性的な役柄には「金時」「与勘平(よかんべえ)」「八汐」「莫耶」などが用いられ、また「又平」「三枚目」「丁稚」「お福」といった剽軽な顔立ちのかしらが端役として舞台を賑わせます。国立文楽劇場の公演パンフレットには、それぞれの役柄に使用されるかしらの種類が記されていますので、それを参考にして、役どころとかしらの関係を学んでいくのも楽しいですね。

 歌舞伎でも、鬘、化粧(隈取り)、服装、動作、台詞回し等にキャラクターに添った決まり事がいくつもあって、一目見てその役者の役どころが伝わるように出来ています。近世の演劇はこのように、キャラクター表現が極度に発達し、豊かな体系を作っています。そういった形式化が物語を貧しくするのでなく、むしろ有限のキャラクターの判りやすさ、伝わりやすさを強固な土台として、定型を超えた豊穣な物語世界を築きあげているところに大きな魅力があるのではないでしょうか。

(きんすい・さとし 大阪大学文学部教授)

2017年3月 3日 (金)

再考 オリンピック放送の「役割語」

NHK放送文化研究所の太田眞希恵さんが、『放送研究と調査』3月号に、新しいご論文を掲載されました。

http://www.nhk.or.jp/bunken/book/monthly/index.html?p=201703

~"日本人選手を主人公とした「物語」"という視点から~
刊行物『放送研究と調査』2017年3月号 掲載

公開:2017年3月1日

リオデジャネイロオリンピックのテレビ放送に出た外国人選手インタビューが、どのような日本語に翻訳されたかについて「役割語」という観点を導入して分析した。2008年北京オリンピックの際におこなった研究の続編である。
分析の対象としたのは、外国人選手のインタビューに付けられた翻訳テロップ。役割語が使われるのは、どのようなときなのかについて分析するとともに、ノンフィクションの分野であるオリンピック放送に役割語が出現する理由について考察した。
ウサイン・ボルト選手は、北京オリンピック時の分析と同様に「俺」や男性役割語の使用が目立つ一方で、「これが最後のオリンピック」と話しているときには「私」や「です・ます体」が使われることも多かった。このことから、役割語の使われ方には「話の内容」も関係してくることがわかった。その他、“ライバル”の発話や“感情”を伝える発話では役割語が使われやすいこともわかった。
また、メディア研究でこれまで指摘されてきた知見をふまえ、「オリンピック放送は“日本人選手が主人公の『物語』”である」という視点から、オリンピック放送の外国人選手インタビューの翻訳に「役割語」が出現しやすい理由について考察した。

メディア研究部 太田眞希恵

2012年5月14日 (月)

『日本人の知らない日本語3』

 『SKの役割語図書室』でも紹介しましたが、『日本人の知らない日本語3』(蛇蔵・海野凪子、2012、メディアファクトリー)の98ページから、「役割語の謎」というタイトルで、4ページにわたって役割語の解説が掲載されています。解説役として金水先生が登場しています!(文責:大田垣)

Yakuwarigo


2011年9月11日 (日)

文献情報

「SKの役割語図書室」に文献情報を3件追加しました。

  1. キャラ語尾「です」の特徴と位置付け
  2. 「サザエさん」と『ちびまる子ちゃん」における会話の比較
  3. 文法・パラ言語情報・キャラクタに基づく日本語名詞性文節の統合的な記述

3は執筆者のご厚意により、PDFファイルをアップロードしております。

2010年5月12日 (水)

シンポジウム:メディア・教育と役割語・発話キャラクタ

こちらでご紹介しました報告書のうちから、「メディア・教育と役割語・発話キャラクタ」の部分をホームページに公開しました。こちらからどうぞ。

2010年3月14日 (日)

「属性表現」をめぐって

大変重要な論文が発表されました。

西田隆政 (2010.3.18) 「「属性表現」をめぐって―ツンデレ表現と役割語との相違点を中心に―」『甲南女子大学 研究紀要』第46号 文学・文化編 pp. 1-11

要旨:ツンデレ表現の研究の進展とともに、従来の役割語とは相違する面のあることが注意されるようになった。特定の言語表現が特定の人物像を想起させるという点で、ツンデレ表現と役割語は共通する。しかし、性格的属性とみなされるツンデレやボクっ娘などと、職業や階層等の社会的な属性とみなされる博士やお嬢様とに、相違する点があるのは、あきらかである。本稿では、ツンデレ表現のような性格的な属性をしめす言語表現を「属性表現」と規定した。そして、役割語とは同一基盤上にあるものの、そのさししめす人物像の相違する点から、「属性表現」は役割語の前段階ともいえるものであることを指摘した。最近の例では、メイド喫茶などでメイドの使用する接客用のことばは、「属性表現」から役割語へと変化しつつあるものと考えられる。(p. 1)
(※原文にあった誤植を、著者のご指示により訂正しました。)

2010年3月13日 (土)

シンポジウム報告書

昨年3月に神戸大学で開催したシンポジウム・研究発表会の報告書を作成しました。若干残部がありますので、入手を希望される方は金水までメールをください (kinsui at osaka-u.ac.jp)。

金水 敏(編著) (2010) 『役割・キャラクター・言語―シンポジウム研究発表会報告―』科学研究費補助金基盤研究(B)「役割語の理論的基盤に関する総合的研究」研究代表者:金水 敏

緒言

2009年3月28日・29日の両日、神戸大学百年記念館において、シンポジウム・研究発表会「役割・キャラクター・言語」が行われました。これは、金水の科学研究費補助金「役割語の理論的基盤に関する総合的研究」と、定延利之氏の科学研究費補助金「人物像に応じた音声文法」に基づき、神戸大学大学院教育改革支援プログラム「文化情報リテラシーを駆使する専門家の養成」の補助もいただいて実現したもので、両科研費のいわば中間まとめという位置づけになります。

このイベントでは、ゲスト、科研費の研究代表者、分担者、連携研究員、協力者、学生、その他による多彩な講演・発表と、シンポジウムが展開されました。聴衆との間のディスカッションも活発に行われ、まずまずの盛り上がりであったと感じております。

本報告書は、金水の科研費によるこのシンポジウム・研究発表会の部分的なまとめであり、研究発表に基づく投稿論文と、第一日目のシンポジウムの文字起こし資料を掲載しています(一部、他のイベントによる資料も含む)。

2010年2月には、金水の科研費によって韓国・江原大学におけるミニシンポジウムも実現しました。2010年度は最終まとめの年度として、また国内での催しを企画しております。今後とも、金水科研、定延科研に対するご理解とご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。

     大阪大学大学院文学研究科教授
      金水 敏

内容

1.大会プログラム

2.活動報告

・役割語としての片言日本語―西洋人キャラクタを中心に― 依田恵美

・役割語としての「幼児語」とその周辺 岡﨑友子・南侑里

・役割語からみた文末詞対照 金田純平

・現代日本語の「役割語」―ステレオタイプ的話体の研究法の模索― 金水敏

・コミック翻訳を通じた役割語の創造―ドイツ語史研究の視点から―細川裕史

・役割語としてのツンデレ表現―「常用性」の有無に着目して― 西田隆政

・キャラクタは文法をどこまで変えるか? 定延利之

・韓国の教科書における役割語の役割―「生きた日本語」を教える― 恩塚千代

・役割語を主題とした日韓翻訳の実践
―課題遂行型の翻訳活動を通しての気づきとスキル向上― 鄭惠先

・「沖縄人(ウチナーンチュ)」の表象と役割語―語尾表現「さ」から考える―本浜秀彦

・女性語と役割語の日本語教育 新井潤

3.シンポジウム報告

2009年8月 9日 (日)

音声の韻律的特徴と話者パーソナリティ印象の関係性

『音声研究』第13巻第1号(2009年4月)は「音声が伝達する感性領域の情報の諸相」(Feature Articles:: Recent Studies on Expressive Speech and Surrounding Issues)という特集でした。

目次は以下の通り。

  1. まえがき 内田照久 1
  2. 音声が内包する話者の特徴情報の記憶 木戸浩・柏谷英樹 4
  3. 音声の韻律的特徴と話者のパーソナリティ印象の関係性 内田照久 17
  4. TANDEM-STRAIGHT と音声モーフィング:感情音声と歌唱への応用 川原英樹・森勢将雅 29
  5. コミュニケーションにおける「間」の感性情報心理学 中村敏枝 40
  6. 音声コミュニケーションにおける避流暢性の機能 伝康晴・渡辺美知子 53

このうち3の論文を紹介しておきます。(pp. 17-28)

(英文タイトル)Proposing the PROSPECT Model: Relationship between the Prosodic Features of Speech Sound and the Personality Imporessions

Teruhisa Uchida

(英文概要)

SUMMARY: From a series of the experiments on the expressive speech in terms of the information of personality impressions, quantitative relations between speech sounds and personality impressions were found. Prosodic features such as a speech rate, pauses, and intonations were manipulated to synthesize the continua of speech stimuli. Participants were asked to rate their impressions on these stimuli using Big Five personality traits. The results indicated that each trait had a distinctive change pattern, while reversed U-shape patterns were their common characteristics. In other words, each personality trait could be estimated with a quadratic regression equation. in this equation, use of sensory scales converted from physical scales leads more accurate estimates. Further, by integrating these five equations, the whole personality impression could be re-constructed. This procedure can be useful to synthesize speech sounds with artificial personalities, and summarized as a model.

キーワード:韻律的特徴、発話速度、イントネーション、性格特性5因子モデル、Big Five, STRAIGHT, 感覚尺度

「1. はじめに」を引用します。

 本稿では、音声から想起される話し手の人柄の印象といった、話者の個性や特徴に係わる心理的な感性領域の情報を取り扱う。ここではまず、音声の韻律的特徴 (prosodic feature) と、話し手のパーソナリティ印象 (personality impression) の関係について、心理学的な実験から得られた知見を紹介する。その上で、韻律的な特徴量と話者の性格印象の間の関係性を表現するモデルの提案を試みる。

 さて、話す速さやポーズ、声の高さやイントネーションといった韻律的な特徴の違いによって、話し手の人柄の印象はどのように変わるのだろうか。そもそも、話者の人柄、パーソナリティの様々な側面は、一体どのようにしたら整理して捉えることができるのだろうか。さらに、パーソナリティの各側面は、韻律的特徴の違いによって、どのような形で印象が変わるものなのだろうか。

 この個々に物理的な属性を持つ韻律的特徴量と、話者のパーソナリティ印象の関係性を記述できれば、話し手の特徴に係わる情報が、表現豊かな音声 (expressive speech) の中にどのような形で織り込まれているのかを解明するための手がかりとなる。それによって、
(1) 心理学的な観点からは、音声コミュニケーション場面での対人認知における印象形成 (impression formation) のメカニズムの解明につながる。
(2) 聞き手が抱くであろう話し手の人柄の印象が予測可能になることから、韻律的特徴に留意した話し方を工夫することで、音声を介した自己表現をより豊かにできる。
(3) さらに応用面では、言語的な意味内容に留まらず、人柄まで感じさせるリアルな合成音声を生成するための、基礎的なモデルの提案が可能となる。

 このように、韻律的特徴と性格印象の関係性の解明は、音声をめぐる人間そのものの理解を深めると共に、音声を介して営まれる生活を、より豊かにするのに役立つと考えられる。(pp. 17-18)

性格特性5因子モデル (Big Five) についてはこちらを参照。

2009年6月20日 (土)

スポーツ放送の「役割語」

ここここに登場された、太田眞希恵さんのご論文の要旨です。(OSさんご教示)

2009年4月17日 (金)

演習のまとめ2題

国士舘大学の中村一夫先生より、下記2題を含む雑誌『国文学論輯』をお送りいただきました。2本とも、中村先生が担当された日本語学ゼミの内容をまとめたものです。役割語を介して、教育と研究が一体となりうることをお示しいただいた貴重な成果であると思います。

中村一夫ゼミ (2008.3.20) 「歌謡曲における歌詞の史的変遷」『国文学論輯』29:101-112, 国士舘大学国文学会

中村一夫ゼミ (2009.3.20) 「現代日本マンガにおける役割語―ステレオタイプを形成する表現をめぐって―」『国文学論輯』30:41-54, 国士舘大学国文学会

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